豚だって断罪するんです

    作者:波多野志郎

     その山は、梅雨の間は閉鎖される事が多い。雨が地面に染み込んでの崖崩れ、水の量が増える事により起こる川の氾濫、自然とは時に何者よりも人に牙を剥くのだ。
     しかし、『コレ』は違った。確かに雨が起こした土砂崩れによって、山から降りる道を見つけてしまったのは確かだが、その原因と言うのなら存在自体があってはならないものだからだ。
    『ぶひぶひ』
     それは、六体の大きな豚の群れだ。その背に二門のバスラーライフルを背負ったはぐれ眷属、バスターピッグだ。ゆっくりと進むバスターピッグの群れ、その中でも際立った一体は最後尾を歩いていた。
     まず、他の個体より二回りは大きい。そして、何よりも特徴的なのはその鼻だ。その鼻には、まるで鼻輪のように断罪輪が装着されていたのだ。
    『ぶっひ』
     こうして、バスターピッグの群れは一路麓の街へと歩き出した……。

    「造った奴は、何を考えてんすかね?」
     湾野・翠織(小学生エクスブレイン・dn0039)は、こめかみを押さえながらそうこぼした。
     今回、翠織が察知したのははぐれ眷属、バスターピッグの群れの動向だ。
    「元々、その山を縄張りにしてたみたいなんすけどね? 閉鎖された山道で、崖崩れがあって、それで麓に続く道を見つけちゃったみたいなんすよ」
     見た目は笑える一団だが、その戦闘能力は麓の街で大きな被害を巻き起こすのに、十分なものだ。これを、放置する訳には決して行かない。
    「バスターピッグの群れが下りてくる道で待ち構えれば、遭遇するのは簡単っす。閉鎖されてるし、人払いの必要もないっす」
     ただし、向こうに不意打ちなどを行なうと、バベルの鎖で対応されてしまう恐れがある。なので、真正面からの戦いとなる。
    「実力そのものは、ダークネスほどではないっす。数もそこまででもないっすし。ただ、群れのボス格は鼻輪にしてる断罪輪のサイキックを使ってくるんで、そこだけ注意が必要っすね」
     翠織は、そこまで語り終えると重いため息とともにこう締めくくった。
    「何にせよ、天災の類じゃないっすからね、犠牲者が出る前に確実に終わらせてやって欲しいっす」


    参加者
    東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)
    クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)
    天神・ウルル(イミテーションガール・d08820)
    備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)
    来海・柚季(柚子の月・d14826)
    蓬栄・智優利(スターライトプリンセス・d17615)
    雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)
    西園寺・夜宵(神の名を利した断罪・d28267)

    ■リプレイ


     青い空、白い雲。梅雨の間の晴天を見上げ、備傘・鎗輔(極楽本屋・d12663)は汗を拭った。
    「こんなもんかねぇ」
     落ちていた木や岩をどけ終え、それを眺めて鎗輔は満足げに笑う。それに、来海・柚季(柚子の月・d14826)がクッキーを頬張りながら、ポーチの中か取り出したクッキーを一枚差し出した。
    「……おいひいですよ? 要ります?」
    「うん、労働の後は甘いもので栄養補給がいいよね……美味しい」
     クッキーをポリポリと美味しそうに食べる鎗輔と柚季、そして鎗輔の頭の上でしっかりと見張ってますよと言わんばかりに霊犬のわんこすけが尻尾を振る。その和やかな光景に微笑み、雨時雨・煌理(南京ダイヤリスト・d25041)はこぼした。
    「……鼻輪を付けた豚とか、作ったやつはどうなっているのだ。牛でもあるまいに……。しかし、まあ、単純な殴り合いでいささか気は楽だな。目の前に集中できる」
     麓の街は、まだまだ先だ。周囲に人はおらず、巻き込む事も決してない。確かに、戦う事だけを考えればいいシチュエーションだ。
    「ラーメンの次は焼き豚か……」
     ポツリ、と言い捨てた東当・悟(の身長はプラス十センチ・d00662)が不意に駆け出した。それを見やって、クラリーベル・ローゼン(青き血と薔薇・d02377)が呟く。
    「来たか、町に降りてこられたから厄介だからな。灼滅させてもらう」
    「恨みは無いけど被害を出さないために……いくよ! マジェスティライト☆ドレスアップ!!」
    「在るべきものに剣を振るう」
     蓬栄・智優利(スターライトプリンセス・d17615)がスイレイヤーカードを開放し断罪輪とリングスラッシャーを舞わせ、柚季が猫型のグローブを装着――灼滅者達は武器を構えていった。
    「先手必勝や!」
     視界の隅に捕らえたバスターピッグの群れに、悟は疾走する。斜面を足場に跳躍すると、悟は影を――。
    「へぇ?」
     悟は反射的に、影の刃を振り払った。その刃は、豪快に放たれた赤いビームをかろうじて切り伏せる! 群れの一番後ろにいた、一際巨大なバスターピッグが、バスタービームで反応したのだ。
    「脂っこいから想希つれてけへんけど一人で食いすぎやな。次は一緒に――」
     着地と同時、悟は握り締めた拳の中にある指輪の感触に大切な人の面影を想い描きながら、影の刃で近場のバスイターピッグの足を切り上げた。
    「――バトろや!」
     そのまま、悟は駆け抜けガードレールへ着地、その上を仲間達の方へと駆け戻る。散発的なはぐれ眷属達によるバスタービームも、かする事はなかった。
    「ここから、だな」
     クラリーベルが、青薔薇を指揮棒のように振り払う。同時に、音もなく魔力の霧が仲間達を包み込んだ。
    「バスターピッグってこんなのなんですねぇ……よわっちそう」
     天神・ウルル(イミテーションガール・d08820)が、言い捨てる。胸鎧と籠手の軽装状態で、真っ向からバスターピッグの群れへと駆け込んだ。
    「こんなのには負けられないのですよ! わたしはまだまだ強くならなくちゃだめなのですから、わたしの強さの礎になってもらうのです!」
     カタカタと震える剣をオーラでねじ伏せるように包み込み、ウルルは下段から切り上げた。破邪の白光を放つ強烈な斬撃を受けたバスターピッグが、大きく体勢を崩す――西園寺・夜宵(神の名を利した断罪・d28267)は、最後尾に控えたボス、より正確には鼻に鼻輪のようにはめた断罪輪を見て言う。
    「断罪輪を、持つ事の出来る、その資格のあるこの子には……少し、情を感じる」
     生まれながらに断罪の力を背負ったモノ――それと相対しながら、夜宵は言い捨てる。
    「どうしても、殲滅、せねばならないの、なら……わたしが、手をかける」
     ゴォ! と夜宵の魔術によって生み出されたヴォルテックスの竜巻が、バスターピッグ達を飲み込む。それに、智優利は左手で断罪輪を掴んだ。
    「いっくよー☆」
     智優利の右手が『九』の一画目を、そして左手の断罪輪で解き放つように『九』の二画目を思い切り描く。直後、九眼天呪法の呪いがバスターピッグの群れを襲った。
    『ぶひひ!?』
    「皆の回復をよろしくね」
     鎗輔の言葉に、その頭から降りてわんこすけが一鳴きする。鎗輔と柚季が、同時に駆け込んだ。
    「いくですよー! Cait Sith」
     巨大化した怪腕でネコパンチよろしく柚季が押し潰し、鎗輔の跳躍からの断裁靴による蹴り、スターゲイザーがバスターピッグを捉える。ミシリ、と重圧に踏ん張るバスターピッグの眼前で、ビハインドの祠神威・鉤爪がその顔を晒した。
    『ぶ、っひ!?』
     恐怖に引きつったような鳴き声、そしてはぐれ眷属の群れへと煌理は巨大な蒼いクローをかざした。
    「そのまま、押し潰す」
     クローに繋がれた鎖が肩口から徐々に発光、その爪へと輝きを届いた瞬間、ヴン! と霊的因子を強制停止させる結界が展開される。その圧力に耐え切れずに、もっとも傷を負ったバスターピッグが崩れ落ちた。
    「さて、何故豚が断罪輪を持っているのかは知らぬ。良いだろう。何も裁かぬままここで討たれろ。力持つ者として弱き者の為に。今、みどもの後ろには守るべき町がある。まさにノブレスオブリージュ。何時も強くて綺麗でかっこいいみどもだが、こういう時は殊更強いぞ?」
     歌うように、誇るように、クラリーベルが真っ直ぐに告げる。それへの返答は、色取り取りのバスタービームの雨霰だった。
    「もう一発、でかいの来るで?」
    『ぶひ、ぶひ、ぶひ、ぶひ、ぶひ――ぶひぶひぶひ、ぶひ!!』
     悟の指摘の通り、ボスの鼻の断罪輪が回転――九眼天呪法が、炸裂した。


    「ほらほら、こっちですよ?」
     ウルルが、軽くステップを踏む。まるで、舞踏場のような優雅さだがここは目の前には危険な銃口がある戦場だ。しかし、ウルルにはそんな気負いはなかった。牽制で放たれるバスタービームを紙一重で掻い潜りながら、その籠手に包まれた手でバスターピッグをひっ掴み、相手が振り払おうとする動きを利用して宙へと放り投げる。
    「よわっちいですね」
     ウルルは、強い弱いでしか相手を判断はしない。だからこそ、弱い相手に興味は無かった。そのまま、空中のバスターピッグへと背を向ける――その背にバスターピッグは銃口を向ける、が。
    「させへんで?」
     しかし、跳躍から全体重を乗せて放った悟の螺穿槍が、バスターピッグを刺し貫いた。突き刺した相手の体から力が抜けていくのに、悟は確かに奪った命の重さをかみ締めながら槍を引き抜いた。
    「ボスを入れて、残り三匹や」
    「……ん」
     コクン、とうなずき柚季がCait Sithを頭上に掲げる。ヒュゴ! と柚季が巻き起こした冷気の嵐、フリージングデスがバスターピッグ達を凍らせていく――そして、夜宵の指先が逆十字を刻んだ。ズサン! と一体のバスターピッグを赤い逆十字のオーラが引き裂く!
    「お願い」
    「はいはーい☆」
     夜宵の言葉に、智優利がガードレールを足場に跳躍した。思い切り豪快なジャンプ、そこから落下速度を活かしてスターゲイザーの飛び蹴りを叩き込む。
    『ぶ、ひ……!』
     その加重の中でギリギリ耐え凌ぐバスターピッグ――しかし、智優利の両手の断罪輪の外周が目映く輝いた。
    「まだまだ、こっから盛り上げるよ!」
     再行動による智優利のセブンスハイロウが、ギリギリだった個体を仲間ごと切り刻んだ。最後の雑魚が、駆け出す。それを、祠神威・鉤爪が回り込み、霊障波の波動を叩き込んだ。
    『ぶひ!!』
     それに、バスターピッグの疾走が乱れる。祠神威・鉤爪が不意に身を低く伏せると、その背から煌理が飛び出した。高速で舞い踊る煌理と祠神威・鉤爪、直後、バスターピッグを中心にグラインドファイアの炎が燃え上がる!
    「踊りの相手には、不足かな?」
     確かに、煌理と祠神威・鉤爪の動きは踊りだ。それも艶かしさすらある、しかし、それに見惚れれば死に至る、ダンスマカブル――それについていけなかったバスターピッグへ、わんこすけの浄霊眼による回復を受けた鎗輔が迫った。
    「古書――キック!」
     長巻物「双燕雲上舞図」を振り回す遠心力を利用した鎗輔の後ろ回し蹴りが、バスターピッグを薙ぎ払う。一つ、二つ、三つと地面を跳ねて吹き飛ばされたバスターピッグは、そのまま斜面へと叩き付けられて立ち上がる事はなかった。
    「――っと」
     智優利へと放たれたボスのバスタービームを、鎗輔はそのまま我が身を盾に受け止める。
    「まったく、複雑だなぁ」
     自分のお腹を撫でながら、鎗輔は苦笑した。敵とはいえ他人とは思えない、同じ体型からそう思うのだ。
    『ぶひぶひぶひ!』
    「うん、おいで?」
     アスファルトを蹄で蹴り走っていくるボスへ、真っ直ぐに夜宵はそう告げた。
     ――着実に、灼滅者達はバスターピッグの群れを追い込んでいく。ボスの個体こそ灼滅者一人より強くとも、連携しない群れは脅威ではない。その上で、一体、また一体とその数を減らしていくのだ。時間の経過は、そのまま灼滅者達に有利に進んでいた。
    「うっしゃあ、来いや!!」
     悟が、身構える。そこへ、鼻の断罪輪を回転させ鋭い斬撃としたボスが突撃した。その巨体と重量を前に、悟は退かない。振りかぶった右手に音も無く納まった影の刃で迎え撃った。
    「何を以って罪と成すか、基準なしに振るう力はただの暴力や、お前にとっての罪はなんや? ――答えは無いんやろ」
     ギギギギギギギギギン! と火花を散らしながら相殺しきった悟が、吼えた。
    「やったらここで潰すのみや! 断罪返しや!」
     ギィン! と悟が影の刃を振り上げ、ボスをのけぞらせる。そこへ、ウルルが飛び込んだ。
    「っと、引っ張ってみたかったんですよね」
     グイ、とボスの鼻にある断罪輪をウルルは引っ張り、直後に無数の影の手がボスの体へとしがみつく――影縛りだ。
    『ぶひひ!?』
    「わんこすけ、いくよ?」
     そこへ、鎗輔とわんこすけが続く。鎗輔の断裁鉞の豪快な縦一閃と、わんこすけの斬魔刀による横一文字の斬撃が十字にボスを切り刻んだ。
    「えっへへ☆よいしょっと!」
     そこへ燃え盛る断罪輪を手に、智優利が迫る。炎を持ち手の十字へと集中させ、智優利は十字の切り傷の中心へと断罪輪の平面を叩き付けた。ジュウ! と焼ける音と匂い、そのまま吹き飛ばされたボスへ、柚季はオーラを集中させた両の拳で連打する!
    「そっち、いきます」
     連打の中の最後の一撃で、柚季はボスを煌理と祠神威・鉤爪の方へと飛ばした。それに、煌理は空中で大きく跳ぶ。
    「さぁ、終焉だ。さよならを言わせてもらおうか」
     高速回転からの煌理のソバットがボスの顔面にめり込み、祠神威・鉤爪の霊撃が腹部へ突き刺さる。鈍い悲鳴をこぼして地面に転げ落ちたボスに、ウルルは言い捨てた。
    「この拳と剣で粉砕するのですよ! ……とは言ってもやよいちゃんはボスブタさんに思う事あるみたいですしぃ」
    「そうだな」
     ウルルの呟きに、駆け込んだクラリーベルがうなずく。踏み込んでの青薔薇による超高速の一閃、クラリーベルの居合い斬りがボスを切り裂いた。
    『ぶ、ひ……』
     その猛攻にさらされてもなお、ボスは倒れない。悟がその眼前に駆け込むのに反応して断罪輪を叩き付けようとして、ガクンと体勢を崩した。悟の足元から伸びた影が後ろ足を断った――自身を囮に、相手の隙を誘ったのだ。
    「……おやすみ」
     後光のような光が、夜宵の両手の間に集う。それは、相手の成仏を願った慈悲の一撃――夜宵のオーラキャノンが、優しくボスを撃ち抜いた……。


    「あなたの、断罪の意志……わたしが、引き継ぐ」
     ぽつりと弔いの言葉とともに、夜宵は確かにはぐれ眷属から断罪の意志を受け取る。その胸に刻んだ想いは、決して忘れない――そんな夜宵の姿を悟は飴をくわえながら見た。
    「命を奪うが罪と言うなら、俺が背負う。唯一つ増えるだけや」
     確かに、この手も命を奪ったのだ。強く握っていた指輪を共に自分の手を見やり、悟は呟いた。
    「お疲れ様でした、他にはいませんよね?」
    「そのようだな」
     クラリーベルが肯定すると、柚季は一つうなずきポーチの中から取り出した花束を道端へと捧げる。
    「ばいばい……今度はもっといい人生を送れるといいね」
     少しだけ目を閉じて黙祷すると、柚季は何事もなかったかのようにお菓子を頬張った。それを見て、わんこすけを頭に乗せた鎗輔が言う。
    「何か食べて帰ろうか? 豚肉以外」
     さすがに感情移入が過ぎたのか、鎗輔の言葉に仲間達も笑みをこぼして賛同した。
    (「わざわざ人の元へ出て来なければ……」)
     言ってもどうしようもない事だと思っていても、煌理はそう思わずにはいられない。しかし、結果は結果だ。はぐれ眷属達は破れ多くの人々が救われた、灼滅者達は自分達が守り抜いたその街へと、山の風景を楽しみながら歩き出した……。

    作者:波多野志郎 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年7月16日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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