妖怪物欲センサー

    作者:日暮ひかり

    ●???――そこらじゅうにいるアレの噂
     物欲センサー。それは、人類共通の敵である。
     戦っても戦っても、必要なアイテムが落ちない。何度倒してもあいつだけ仲間にならない。一番好きなキャラのグッズだけが、くじでどうしても当たらない。課金ガチャをいくら回したって、欲しいカードが出てこない。
     これらの悲劇は、全て物欲センサーの働きによって起こると言われる。そのくせ、すぐ隣にいるやつがあっさり自分の一番欲しい物をひき、あまつさえ『興味ない』『いらない』『もう持ってる』とか言いだすのだ。
     物欲センサーの影響はそれだけに留まらない。急いでいる時に限ってタクシーが全然通らなくなるのも、一日50個限定販売のプリンの列に並んだらちょうど自分の手前で売り切れるのも、サンタさんが一番欲しいものをくれなかったのも、すべて物欲センサーにひっかかったせいと思われる。
     どれだけ頑張っても一向にモテず、恋人ができないのも物欲センサーのせい。
     世界が平和にならないのだって、たぶん物欲センサーのせいだ。
     皆も奴に何かしら恨みがあるはずだ。おのれ物欲センサー、許せぬ。
     
     とかくこの世は物欲に厳しく、有象無象のがっかりで満ちている。
     それら全てを物欲センサーのせいにし、我々人類はどうにか闇堕ちを免れてきた。
     物欲センサー、されど所詮は概念上の魔物である。
     本当にそうだろうか。
     いつか彼らは、欲深き者共へ更なる裁きを下しに現れるのではないか?
     
    『半径3メートル以内ニ強イ物欲反応ヲ検出。排除シマス』
      
    ●ちょうつよい防具拾ったけど形状が女子スクール水着みたいな
    「なんでおれ『バスターピッグさくっと倒してしゃぶしゃぶ食べ放題するだけの依頼』じゃなくてこっちのほうに呼ばれたんだろう」
    「それも物欲センサーの仕業だ。何かの縁でこの教室に足を踏み入れた諸君、本日もお勤め御苦労。五十嵐姫子先輩がお呼びかと思ったか? 残念だったな、鷹神だッ!」
     机に突っ伏している哀川・龍(エクソシスト・dn0196)を完全放置し、鷹神・豊(エクスブレイン・dn0052)は教卓をバシバシ叩いている。うるさい。
     
    「無用のものばかり手に入り、欲しいものほど入手できないのが世の常だ。己の不運に対するやり場のない嘆き、飽くなき物欲……それらはいつしか『物欲センサー』という概念上の悲しき機構を産んだ。俺は物欲に惑わされぬよう精神を鍛えているが、君達はその脅威に日々恐れ戦いているというな」
    「そうだな」
    「都市伝説『物欲センサー』は、その虚構が実体化した姿だ。俗欲にまみれた人間の哀れなる慟哭を感知し、物理的最終手段を用いて万物への執着を断つ!」
     鷹神の解説はひどく冗長で難解なため、龍もあんまり聞いてないが。
     要するに、街中で醜い物欲を発揮している人間がいると、なぜか殺人マシーンと化した『物欲センサー』がぶっ殺しに来るよ的な噂が都市伝説になった。
     怖い。
    「まあ運が開けると思って、被害者が増える前に倒してきて頂きたい。ちなみに結構強いが、死ぬなよ。以上」
     とても投げやりなアドバイスを頂いた。
     あまりの事に龍はしばらく固まっていたが、やがて遠い目をして窓の外を見はじめた。
    「豊さん。懸賞ってさ、結局当たる当たらないじゃないんだ。外れたって当選発表待ってる間は楽しみだし、当たれば嬉しいし。どうでもよかった物だって、忘れたころに届くとけっこう嬉しいだろ。ものは捉えようっていうかさ……毎日の楽しみのために、やるんだ」
    「ほお。それで?」
    「……すいません何でもないです……」
     果たして彼らは物欲センサー(物理)に勝てるのか。(ある意味)最強の敵との戦いが、今始まるっぽい。


    参加者
    花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)
    裏方・クロエ(アエグルン・d02109)
    流鏑馬・アオト(蒼穹の射手・d04348)
    三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)
    関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)
    漣・静佳(黒水晶・d10904)
    朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)
    神子塚・湊詩(藍歌・d23507)

    ■リプレイ

    ●1
     過疎化の風が吹きすさぶ荒野の街。昼だというのに、人の気配はない。君達は双眸に希望の炎を宿し、錆びついたアーチを見上げる……。ここはエクスブレインによる未来予測を阻むブレイズゲ(以下略)。
    「ココが物欲センサーの成れの果ての地かー? 日々ブレイズゲート通ってるけど、3属性武器防具滅多に出ないぞー!」
     いや。
     ここブレゲちゃうわ。
     寂れたシャッター街だ。君達は教室で依頼を受け、都市伝説を倒しに来た。
    「やっと出たと思ったらレベル微妙だったり属性ショボかったり、余り使わない系武器だったり、属性はイイのに防具ESP使い道無さげだったり、役立てたいヤツはさっぱり出て来ないってのに、一体何だって言うんだーーー?!」
     三國・健(真のヒーローの道目指す探求者・d04736)は雄叫ぶ。デスデスマーチに散った数多の将星達……。その魂の叫びに応え、最凶の魔物が蘇る。
     物欲の戦士達、急ぎ応戦せよ!

    「はあ……」
     深いため息と共に、流鏑馬・アオト(蒼穹の射手・d04348)と朝川・穂純(瑞穂詠・d17898)が歩いてきた。おもちゃ屋が閉店していてガッカリしたようだ。
    「皆ノリ悪いぞー?!」
     戦場外には聞こえないのをいい事に、健は叫ぶ。物欲の戦士達、覇気がない。
    「だって、好きなアニメのガチャポンや籤を引いてもダブりばかりなの。好きなキャラが出ないし、お小遣いも無くなっちゃった……」
     肩を落とす穂純の靴下には、例の赤いネコの顔が。何せこのアニメ、軽い気持ちで調べたら『アレ 靴下 定価』とかいう検索候補が出てくる妖怪ぶりだ。
    「関島さん、代わりに引いて私にちょうだい!」
     その関島・峻(ヴリヒスモス・d08229)は、ローカルコンビニ(定休日)の前で全米No.1ヒットばりのシリアス面をかましていた。
    「残り一個の半額弁当が目の前で掻っ攫われる瞬間、奴の存在を感じる……」
     ――定価で買うのは、負けだ。

     半額なら二個買える、その為に安くなる時間を見計らい店に行ってるのに。
     這いよる魔獣、スーパー・ノ・オヴァチャン。
     敗れた峻に遺された食料は、たまご(生)、パン、特選生わさびだけ――。

    「空腹に負け、渋々定価で買った直後に半額になってた時は、運命の残酷さに目眩がした……」
     そんな大作映画が。
    「関島さん、死んじゃ嫌だよ。その前にお小遣いちょうだい!」
     始まらない。
     ひもじさのあまり峻は座りこむ。そんなに大事だったかな。わさび。
     二人の迷演に背を押され、アオトも思い切ってカードの山を地面に叩きつけた。
    「エルフのカードが欲しくて箱買いしたブースターパック剥いてたら、出たのが象のSPだったんだ。当てたのは嬉しいけど君じゃないよ!」
     象。
     カードゲームに詳しくない諸兄に説明すると、SPとはスペシャルレアの略で、1万円分買って1枚当たる程度の最上級レアの事だ。そして同じレアリティ内でも、大抵どうでもいいカードばっか出る。
    「エルフは買取3000円なのに象は300円だよっ! 店員さんに『象ですか……』って買取の時苦笑されたよ……」
     3コイン。
     哀れ象……値段よりむしろ苦笑がトラウマだ。こうなったら美人で強いエルフの方がいいとか言うやつ全員打ち首にしてレート上げよう。
    「ふははーその気持ち分かりますよはるさめクン」
    「……はるさめクンって俺の事ですか?」
    「語感で決めたのだぜ。欲しいものが出ない、稀によくあるのじゃー!」
    「レ、レトルト食品みたいだ……」
     裏方・クロエ(アエグルン・d02109)とナノナノがどっかから落ちてきた。鏡・もっちーという独自のセンス溢れる(好意的な解釈)命名が輝かしい。
    「例えばガチャです、課金して回すも欲しいアバターが出ないネトゲー! 許されまじなのですよ」
     いつも元気にリア充を爆破しているクロエ、ノンリアル部分まで充実してないらしい。もはや人生という名のガチャで大爆死している。
    「野菜高くて買えなかった。おのれ物欲センサー」
     来る前にスーパーを覗いてきた神子塚・湊詩(藍歌・d23507)と、その保護者秋篠・誠士郎もやはりとぼとぼ歩いてきた。湊詩達3人の居候を秋篠家で養い、食事まで作っている誠士郎としては、今年の野菜の高騰ぶりはたまったもんではない。
    「この厳しい世の中で、奥様も僕達も困っているというのに。おのれ物欲センサー」
    「東京の都会となると良いものや特売品は必ず並ばなくてはならない。数が決まっているものならば尚更競争率が上がるものだ……」
    「お腹空いたよ……おのれ物欲センサー」
    「しっかりしろ。今日の食料は必ず確保するからな……」
     ここだけ真冬の空気だ。
     もはや一刻を争う事態。石油王の方、どうか白い羽根募金に協力してほしい。
    「湊詩達も俺の痛みがわかるか」
    「おのれ物欲センサー」
     峻にライバル出現かと思いきや、この人料理しないんだった。所帯じみた男三人が悲しい井戸端会議をしている横を、きらきらした瞳のお花畑ガールが駆けていく。
     どごーん。
     そして、タックルする勢いで薬局前のカエル像に抱きついた。熱演だ。花籠・チロル(みつばちハニー・d00340)よこんな依頼受けちゃってよかったのか。天国のお父様が見てない事を祈る。
    「聞いてなのよう、カエルさんっ。新発売のお菓子、がどこのお店に行っても売り切れ……! 食べ物の恨みはオソロシイ、なのよう……っ」
     よよよと泣き崩れるチロル、無表情なカエル。湊詩も無表情にサムズアップ。
    「夏季限定のゼリーも、もう販売されてなかったよ」
    「おのれ物欲センサー、なのようっ……! 湊詩センパイ、これあげるー、ダヨっ」
    「おのれ……じゃない、有難う」
     泣きながら合いの手を返し、チロルは手元の紙袋から懐かしの駄菓子を出す。道中つい買ってきちゃったようだ。皆のテンションに狼狽える哀川・龍(エクソシスト・dn0196)を見て、漣・静佳(黒水晶・d10904)がくすりと笑う。
    「すごいわ……ね。哀川さん、お久しぶりね。一緒に、囮、やります、か?」
     少し恥ずかしいが、一緒なら心強い。二人も精一杯声を出す。
    「依頼での思い出深い、品々、集めている、の。欲しいもの、全然、出ない、わ」
    「おれもお守りほしい。あと『俺よりデカい年下許さん』とか言わないエクブレの友達も」
    「……。豊も何だかんだで欲深いよな」
    「鷹神兄ちゃん僕より小さいもんな……」
    「……男のひとって、大変、ね」
     そう、欲しい物は手に入らない。全てあいつのせいで!

    「おのれ物欲センサー!」
     皆が叫ぶ。
     が。
     物欲センサー、来ない。

    「……これも物欲センサーかな」
     アオトが不吉なこと言った。
     沈黙。
     そして、様子を見ていたクロエが神妙な顔で口を開く。
    「……実は、戦いの前に言いたいことが」
    『非常に強イ物欲反応ヲ検出! 目標捕捉、排除シマス!!』
    「えーーーー。マジですか」
     さすが物欲センサー、絶妙にジャマなタイミングで来た。ギリギリしているクロエの話の続きが気になるが、皆とりあえず戦闘の構えをとる。
    「出現させてボコる……簡単、ね」
    「静佳さん……?」
     静佳がぽそっと呟いたのを龍は聞いた。
    「姉ちゃん達どうしたー?! まあイイや、ココで遭ったが運のツキ! 播磨の旋風、ドラゴンタケル。一致団結の力で必ず勝利を掴む!」
     健は空に拳を掲げた。だが自由すぎる物欲の戦士達、本当に団結できるのか。因縁の戦いが今火蓋を切る!

    ●2
     峻の捻り出した槍の穂先を、物欲センサーの鋼の顎が捕える。四枚の翅を震わすその姿は、宛ら人を俗欲から解き放つ天の使者。
    「スレイプニルっ!」
     アオトのライドキャリバー、スレイプニルが主人の命を受け突撃した。弾き飛ばされた物欲センサーは眼を赤く光らせ、耳障りな警告音を吐き散らす。
    『物理的損傷ヲ確認。警告! 排除シマス!』
    「妖怪って言う割には、蜂だしロボだよね……。実際に見た人は殺されちゃうだろうし、正確な姿は伝わらないって事なのかな」
     炎を纏ったクロエの蹴りが翼を炎上させるも、センサーは怯まず一直線に穂純へ向かう。穂純も鬼の力を宿した拳を握りしめ、迎えうつ。
     だが物欲センサーは上へ飛んで拳をかわすと、穂純の腕に毒針を突きたてた。毒素が回り、強い痺れが襲う。
    「強い、だから気合入れて……っ」
     チロルは息を飲む。ふらつく穂純を鼓舞するように笑顔で、太陽のように明るい歌声を響かせる。例え強大な敵が相手でも、最後まで絶対に諦めない。砂糖菓子を思わせる可憐な双眸の奥には、けして砕けぬ決意が宿る。
    「みんな、ガンバってっ、ダヨう!」

    「あっ」
     ちゃりん。
     場がマジな空気になりかけた時、穂純のポッケから小銭が落ちた。霊犬のかのこが拾ってくれた50円玉を眺め、穂純はしゅんとする。
    「センサーに勝つにはお金が必要なのかな……。レアな限定グッズは凄い値段で転売されちゃうし、全然足りない。現実厳しいの……」
    「穂純ちゃん……っ。そうだっ、妖怪のお歌うたおっ、元気でる、ダヨー」
    「こ、こんなのほっとけないよっ! 大人のばか! 物欲センサーのばか!」
     なんと心の痛む光景だろう。
     アオトは今までにない速度で癒しの矢を撃ったし、健の飛び蹴りがセンサーの顔面に激しくヒットした。まだまだ元気な奴を見やり、静佳がまたぽそっと囁く。
    「中々、欲しい、の、入らない、わ」
     静佳は無表情に解体ナイフを構えている。
     お姉さんお姉さん、頑張って解体しても別にレア武器は拾えませんからね。
     ね?
    「依頼で手に入る武器、よいもの、ないの……。物欲センサーさん、倒したら、いいの、はいる?」
    『警告! 警告!』
     ダメだ。
     目に光がない。
     静佳はナイフを振るい、センサーをジグザグにスラッシュする……かと思いきや、普通に魔法の矢を放った。意外な攻撃に隙を見せた敵の腕へ、更に追撃の矢を一発。火花が飛び、煙が上がった。
    「簡単、ね」
     契約の指輪がさりげなくキラッと光る。
     ……神様仏様上様、どうか静佳さんにお望みのものをあげてください。万一こんな依頼、こんな原因でまた闇堕ちしたら鷹神の首が飛ぶ。
     そんな感じで物欲センサーとの戦いは続く。敵はじわじわと火あぶりにされていくが、クラッシャーが峻のみなのでなかなか壊せない。
    「せきじー改めとっとこ峻太郎くん。ボクともっちーもコロコロ回るアレ的なポジとして支援するのです。頑張りましょうなのですよ」
    「毎日ひまわりの種食べてるわけじゃないし……なあクロエキャスターだよな。後ろに下がりすぎてないか」
    「気のせいですです。たぶんきっとおそらく」
    『エラー! 非常ニ強イ物欲多数……測定不能!』
     誰だって傷つきたくない、ましてやこんな依頼で。それも欲。かのこやスレイプニルを盾にし、皆なんとか攻撃を凌ぐ。
    「欲深くみっともない人を優先的に狙う、って言ってたけど……こんな事になるなんて」
     サーヴァントや誠士郎を癒しながらアオトはおろおろしていた。あまりに欲望渦巻く戦場なので、センサーも困っている。
    「許されまじ、許されまじですけどね。こればかりは仕方ないのだよ明智くん」
     その隙に飛び蹴りを喰らわせ、クロエはひらりと着地する。欲の犠牲になるかのこ達を、割と無欲な峻は哀れみの目で眺めた。……本当に無欲だろうか。峻は自問する。
    「……割と真面目に勉強してるのに成績が伸びないのはセンサーの一種か? そうか、可愛くて優しくて料理上手な彼女が出来ないのもきっと……」
    「えー……それちょっと違う気もする……。この前学校で習ったの。高望みとか、分不相応?」
     穂純の辛辣な一言!
     峻の心にホーミングクリティカル、30026ダメージ!
     峻は現実からランナウェイした。この居た堪れなさ、剣にぶつけるしかない。
     非物質化した紅の剣は、命無き処刑人を屠るには丁度良い。敵とすれ違う一瞬、優しく、軽やかに、神の剣は虚を貫く。紅の軌跡も残さぬほどに――速く。
     まあ要するにスタイリッシュやつ当たりだ。
     動きの鈍ったセンサーの眼に、金に輝く羽根型の弾が命中した。湊詩の長い手足は鳥のそれに変わり、まるで空想動物のよう。微睡む銀の眼を機械の蜂に向け、対峙する姿は神話のような……アレだったが。
    「運動したらお腹空いたよ。おのれ物欲センサー」
     ぐう。
     スタイリッシュやつ当たり、その2。
     人造灼滅者姿になっても中身は腹ペコ湊詩だった。
    「野菜が足りない」
    「湊詩兄ちゃん、もうちょっとだ頑張れ! 母ちゃんや知り合いが好きな歌手やアイドルのライブチケット争奪するのに僕の名義使われて、応募したらあっさり当選したんだ。勝手に運取らないで欲しいぞー!」
     眠そうな湊詩を起こしつつ、健は炎のオーラを纏う拳で敵を殴る。
     だが。
    「甘えるんじゃありません!」
    「げ、母ちゃん?!」
     ここで三國・寅緒(49)、なんと緊急参戦!
     なわけない。
     支援に参加していたトランド・オルフェムの声だ。健の母もたぶんこんな名前ではない。
    「物欲が尽きることはありません。どこから湧いてくるのかもわかりません。例え1つを手に入れても、またすぐに別のものが欲しくなってエンドレスで繰り返されていくんですよ」
    「ご……ごめん……」
    「籤ってたまに当たって嬉しくなるから、欲が止まらなくなるの……」
     執事オーラに気圧され、思わず素直に言う事を聞く健と穂純。そこへすかさず物欲センサーが飛んできた。降りそそぐ強酸性の毒液に穂純はじっと耐える。
    「痛い……。私達、みっともないかな? でも、みっともなくてそれだけ素直なの!」
     穂純は立ち上がり、再び腕を鬼の異形へと変える。真っすぐに放たれたその一撃は、物欲センサーの胴体を拳型にへこませた。
    『ガガ……ッ』
    「所詮人は欲望塗れ。でもな、足掻く気分も悪くない」
    「物欲ある、だから、世の中にいいものがたくさんできる、ダヨっ」
    「欲しいカード同士をトレードするのだって、TCGの楽しみの一つなんだ!」
     炎の力を宿すチロルの矢と、流星の輝きを宿すアオトの矢が凹みを狙い撃つ。そして、峻の槍が一気にそこを貫いた。血の流れぬ機械にはわかるまい。欲から生まれるものだって、悪いものばかりじゃないのだ。
    「いよいよですねー。今こそ日頃の恨みをお返しするのです」
     クロエは一際勢いをつけ、滑走した。積もりに積もった恨みの炎が足元から立ち昇る。
     全ての鬱憤をこめ、力の限り、蹴る。物欲センサー、爆発しろ!
    『ガ……本体ノ温度ガ高クナッテイマス……解除不能!』
    「なら……修理、する?」
     静佳も回復の手を休め、ナイフで敵の可動部を的確に切断していく。それでもなお動こうとする物欲センサーだが、遂に湊詩の脚の爪が胴体を切り離した。
    「どんなに力があっても速くても、動けなきゃ、意味ないよね……?」
     積み重ねてきた痺れの力が、最後の攻撃機会をうばう。
    「今だ、哀川兄ちゃん。龍の名に懸けて気合一閃だ!」
    「合体技だな。いいよ、悪霊退散!」
     ようやく流れに乗れた龍は護符に催眠の力を籠め、物欲センサーに投げつけた。その間に、健は近くの建物の非常階段をすごい勢いで駆け昇る。
    「怨念渦巻く飽くなき物欲、いざ覚悟! 必殺! 播磨の疾風怒濤ドラゴンキーック!」
     なぜ高所からなのか。ヒーローっぽいからだ。
     闘気を纏い飛び降りる姿は、宛ら天駆ける炎の龍。物欲センサーはそのオーラに吞まれ、跡形もなく消し飛んだ。

    ●3
    「ちょっと、は運良くなった、カナー?」
     物欲センサーを倒した一行へ、チロルはさっき買った当たりつきチョコを配る。まずは小さな運試し。皆が封を開け一喜一憂する中、クロエは思案顔だ。そういえば、話したい事とは何だったのだろう。
    「殆ど相談に出られなかったので、きちんと謝りたかったのです。すみませんでした」
     深く頭を下げるクロエへ、皆は声をかけようとする。
     が。
     ぐぅぅ~。
    「……ヤツに打ち勝ってもやっぱ食欲には勝てないよなー」
    「何か食べに行きたいね。野菜とか」
     先に腹の虫が鳴った。照れ笑いを受かべる健を見て、湊詩もかすかに笑う。そういえば、と静佳も笑んだ。
    「しゃぶしゃぶ。皆で、いきたい、わね」
    「行くか。今日は奢らずに済みそうだし……なあ龍」
    「……て事で。クロエさん、ご馳走様」
     峻と龍は同時に両手を合わせ、クロエを拝んだ。
    「!? ちょーっと待つのです、いや反省はしてますけども」
    「わーいっ! クロエセンパイのおごりっ、ダネ!」
    「ほ、本当にいいのかな……でも、折角だから俺も甘えます」
    「ぐぬぬーこのさい仕方ないのだ。れっつらごーです」
     財布の中身を確認するクロエを先頭に、ぞろぞろ栄えた駅前の方へ向かう一行。穂純は龍の隣に駆け寄ると、こう尋ねた。
    「ねえ、わくわく待ってたり忘れた頃に嬉しくなるのって、飛ばした蒲公英の綿毛が育つのが楽しみだったり、花が咲いてるのを発見した時の嬉しい気持ちと似てる?」
    「いい例えだな。嫌な事があった日もさ、逆にちょっと良い事がすごく嬉しいだろ。通り雨を待ってる花って、あるよ。たぶんな」
     ちょっと良い事を楽しみに、灼滅者達は寂れた街を後にする。この街にもいつか恵みのあ(綺麗に〆ようという欲はここで力尽きた)。

    ●アオト「そういえば某MMORPGでは蜂はレアな短剣を落とすんだっけ」
     戦利品の中に解体ナイフがあった君はついてる、かもしれない。
     物欲の戦士達に幸あれ!

    作者:日暮ひかり 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年10月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 9
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