僕が芋虫になれたなら

    作者:空白革命


     彼のあだ名は『芋虫』だった。名前を無理にもじったクラスメイトがはやし立てて、いつのまにかそういうことになっていた。
     もし彼に機転や社交性があったなら、むしろそのエピソードをこそ個性に仕立てて仲良く溶け込むこともできたのだろうが、あいにくそんな素養は持ち合わせていない。
     もとより人と話すのが苦手で、いつも人で本を読んでいた彼にとっては、ネガティブなエピソードとして残ることになる。
     だが彼自身、芋虫が嫌いだったわけでは無い。むしろ……。
    「ただいま」
     彼に与えられた子供部屋にはいくつもの虫かごが置いてあった。
     かごにはそれぞれネームプレートが添えられ、中には一匹ずつの芋虫がいる。
     彼の友達は、芋虫だった。
     芋虫が、彼の友達だった。
     鞄を下ろしながら考える。
     芋虫はいずれ蝶や蛾になるという話についてだ。
     自分が芋虫だとするなら、できれば蛾になりたいと彼は思っていた。
     蝶などという、『美と成功のつどい』に放り込まれることの苦痛を、彼は若くして知っているからだ。
     いや、そう考えるなら、蛾になることだって苦痛だろう。どのみち何かのつどいに混じることは困難なのだ。
     いつものように餌の袋をとって、虫かごをのぞく。
    「……あれ」
     そうして、ようやく気づいた。
     かごの中の芋虫が動いていない。
     隣のかごも。
     別のかごも。
     部屋中どのかごも、芋虫はぴくりとも動かず、死んでいた。
     手から餌袋が落ちて床にぶちまけられる。
     散らばった粉末に混じって、床に転がった殺虫剤の缶を見つけた。
     なんとなく察しはついた。
     だが。
     だが……。
     だがなんだというのだろう?
    「大丈夫。大丈夫だよ」
     彼は虫かごを開いて、死んだ芋虫を優しくつまみあげた。
     手のひらにのせて、微笑む。
     彼の頭の中ではもう、『それ』ができあがっていたからだ。
     ぴくり。彼の手の中で芋虫が動き始めた。
     同時に部屋中の芋虫たちが活発に動き始め、膨らみ、虫かごを破壊して床に飛び出していく。
    「僕らはいつまでも芋虫のままでいるんだ。それでいい。それが、一番いいよ」
     彼は清らかに微笑み。
     闇へと堕ちた。
     

     ある少年の闇堕ち事件について、五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)は説明していた。
    「彼はノーライフキングへの闇堕ちをして、まだ間もない状態です。手を打つなら今しか無いでしょう」
     彼の名前は為本ツトム。中学二年生の男子である。
     闇堕ちを初めて数日。学校には行っておらず、バベル鎖の影響かそのことは周囲からも放置されている。
     両親は共働きで夜遅くまで家に一人で居ることが多く、今回の突入も夕方に彼が自宅に一人だけの所を狙う予定だ。
     いや、一人だけというのは語弊がある。
     彼のまわりには五匹の芋虫型眷属がおり、彼に付き従っている。
    「細かい手順はお任せします。皆さんの思う一番よいやりかたを、考えてください」


    参加者
    白・理一(空想虚言者・d00213)
    伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)
    木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)
    華槻・奏一郎(抱翼・d12820)
    安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)
    中島・優子(飯テロ魔王・d21054)
    本間・一誠(禍津の牙・d28821)
    有馬・鈴(ハンドメイダー・d32029)

    ■リプレイ

    ●時計の針を止めるゆめ
     木嶋・キィン(あざみと砂獣・d04461)は荷物袋を肩にかけ、住宅街を歩いていた。
     ポケットから出したメモによれば、闇堕ちした為本ツトム少年の住処はこのすぐ近くらしいが。
     横からメモを覗き込む華槻・奏一郎(抱翼・d12820)。
    「あそこに見える家がそうだね」
     一般的な二階建て住宅である。変わったところと言えば、昼間だというのに窓という窓にカーテンがかかっていることだろうか。
     歩き出す奏一郎たちの背中を眺めながら、中島・優子(飯テロ魔王・d21054)は小さく息を吐いた。
    「なんだか、今日は雰囲気が違う感じがする。そっか、私たちのいる世界って……」
    「そ、私たちの世界」
     有馬・鈴(ハンドメイダー・d32029)は大きな日傘をくるくると回しながら、遠いものを見るように民家の群れを眺めていた。
    「皆が知ってる平和な世界が光だとすれば、今私の立ってる影の世界。見えない世界。見ようとしない世界。今から壊しに行く世界も、そういう世界のひとつなんだよね」
     でも願わくば。そう呟きかけた鈴を遮るように、本間・一誠(禍津の牙・d28821)が声を上げた。
    「新しい世界で生きて欲しい。勝手な話なんだ、それは分かってる。勝手に壊しに行くんだ。それも、分かってる。ボクだって、彼と似たようなものなのに」
    「変わることより変わらないことのほうが楽、という感覚ですか。でも、本当に為本様が願っているのは、なんなのでしょうね」
     襟元をただしながら横を通り過ぎる伊舟城・征士郎(弓月鬼・d00458)。
    「聞けば、答えてくれるでしょうか」
    「さぁねえ」
     一誠たちが返答に迷っていると、白・理一(空想虚言者・d00213)が奇妙に明るいトーンで口を挟んできた。
    「幸せの定義なんて人それぞれだし。まあ僕も、灼滅者になれる可能性にかけてあげたいところだけど?」
     だけど、の先は言わなくてもいい。
     誰もが分かっていることなのだ。
     為本の自宅へと歩いて行く彼らから一人残される形で、安楽・刻(ワースレスファンタジー・d18614)はふと足を止めた。
     いつまでも芋虫のままでいたかった、為本ツトム。
     彼の考えを否定することは出来なかった。しようとは思わなかった。
     ただ刻は、彼を終わらせるつもりなのだ。
     よくも、わるくも。
     おしまいに。

    ●登らぬ太陽と止まぬ雨
     インターホンを七回押した。
     まるで誰もいないかのような反応が、かれこれ七回返ってきている。
     キィンは頭をなで上げて困り顔をした。
     まあこんなものだろう。扉を破壊して押し入ってもいい。
     そう思ってドアノブに手をかけた、途端、扉が向こうから開いた。
    「おっ……と」
     チェーン限界幅までドアを開き、前髪の長い少年が顔を覗かせた。
     為本ツトムである。
    「……」
    「……」
    「……何か、ご用ですか」
     お互いバベルの鎖を持つ者である。一目見ただけでただ者でないことは分かっていた。
     扉にぐっと手をかける理一。
    「入れて貰っていいかな。話があるんだけど」
    「……」
     ツトムは理一を含めた八人の様子をちらりと観察してから、チェーンロックを外した。
    「どうぞ」

     家の中は随分と片付いていた。
     蜘蛛の巣だらけの屋内で大量の巨大芋虫に群がられているツトムを想像したものだが、一見してその辺の一般家庭と変わらない。芋虫の化け物も、見える範囲には居なかった。
    「芋虫たちは二階です」
     考えを先読みしたかのように言うツトム。
     リビングにキィンや理一たちを通すと、椅子を引いて見せた。
    「椅子は二つしか無いですけど……どうしますか」
    「じゃあ」
     と言って、一誠はツトムの向かいに腰掛けた。
     自分だけ座りたかったと言うわけでは無い。このまま立っていたら足の震えが悟られてしまいそうだと、思ったまでだ。
    「今日はどんな――」
    「そのまま死ぬつもりなの?」
     全ての前置きを飛ばして、一誠は言った。
    「……は?」
    「君が望んだのは変わらないことで、穏やかな箱庭世界の維持なんだよね」
    「何も話していないのに、よく知っていますね。のぞき見が趣味なんですか」
    「趣味じゃ無いけど、できるんだよ」
     机の下の手を握る一誠。
     彼のフォローをするように、征士郎と理一が横に立った。
    「永遠に変わらないものなどこの世にはありません」
    「停滞を続けても腐敗はするしね」
    「現に、私たちが来たことで、あなたは選択を迫られています」
    「終わりが来たってこと。どうせなら思ってること全部はき出しちゃいなよ。ね?」
     理一と征士郎はお互いを横目でみやった。
     どうやら言いたいことは同じらしい。
     そもそも、みなが大きな意味で同じことを言いたがっているのは、最初から分かっていたことではあった。
     デモ行進ではあるまいに、主張の大合唱は愚かしい。
     いや、今のシチュエーションではむしろ、古い警察の自白強要のようではないか。
     両手を翳して後退する理一。
     征士郎は眼鏡のブリッジを指で押した。
    「私たちが助けられるのは行きたいと心から願う人たちだけです。その人たちですら、助けきれないこともある。為本様、あなたが心から願っていることは何ですか?」
     問いかけ。
     問いかけてから、十二秒。
     ツトムは半開きにした口で言った。
    「帰って欲しい、ですね。言ってる意味はなんとなく分かりますけど、すごくどうでもいいというか、余計なお世話なので」
    「おい」
     肩をいからせるキィン。彼の肩を押さえて、奏一郎が笑顔を作った。
    「永遠にここにいたって、何も得られないぞ。俺たちには美も成功もないけし、集うかどうかも自由だ。好きなように生きてる。お前さんはそういうの、嫌か? 安心できる場所にずっといたいって気持ちは分かるが、俺はお前さんと一緒に過ごしてみたいんだ。素質があるなら」
    「素質」
    「そう、素質」
     一誠は机の下で強く手首を握りしめて言った。
    「ここではないどこかで、別の生き物になってやり直すことはできるんだ。ボクたちが、その可能性だ」
    「……」
     目を細めるツトム。
     どうやら言っていることの意味を理解したようで、ゆっくりと瞬きをした。
    「やっぱり、帰ってください。宗教の勧誘みたいで気持ち悪いので」
    「そんなつもりじゃ……」
    「大丈夫。嫌味で言ってるだけだよ」
     一誠にほほえみかけて、優子がテーブルに手をついた。
     反対側に立つ刻。
    「芋虫たちの望みは? 成長して羽化するために、必死に変化を重ねてきたんじゃない? 死んでなお進化を否定され続けるのって、酷だよ」
    「そうかな。仕方なくって子もいるんじゃない? だって大変なことだもの、生きていくのって。それが芋虫であっても……ううん、どんな生き物にしたって、変わるにつけ変わらないにつけ、生きていくのはつらいことなんだよ。でも生きていればいいこともあるかもしれない。だから羽化するんじゃないかな」
     目をやる。
     ツトムは露骨に嫌そうな顔をしていたが、黙っていても終わらないと思ったのか口を開いた。
    「僕が芋虫を友達だと思っているのは、芋虫がなんとも思わないからです。思うどころか考えもしない。一方的に友達でいられるんです。短く生きて短く死んで、蝶になったら逃がしていました。酷いことをしているのは分かってます。でも、ずっとこうしていくつもりです。きっと彼らも、僕同様化け物になったところで何とも思ってない」
     頭をくしゃくしゃとやる優子。
     それまで様子を見ていた鈴が、よく聞こえる声で言った。
    「なら伝えることは決まってるよね。為本君はとても危険な存在だし、もしこのまま自我が闇に呑まれていってダークネスの陣営に組み込まれるとしたらより危険なの」
     傘は既に畳んでいる。両手の指をつけて、整えた呼吸で続ける。
    「今の世界、悪くないと思うよ。でも世界を維持するには力がいるの。あなたは闇で、私は学園。私たちは自分の世界を守るために、ダークネスを灼滅し続けなくちゃいけない。あなたはどうしたい?」
     半歩下がる。
    「消えたい? 生き残りたい?」
    「だから――」
     ツトム軽く掲げた手を握り、鈴は持っていた傘を小さく掲げ。
     机に、床に、ほぼ同時に叩き付けた。
    「帰ってくれって言ってるでしょう!?」
     部屋が、光と霧に包まれた。

    ●それでも地球は回っている
    「チッ、最終的にこうなるか!」
     部屋から飛び出すキィン。
     そんな彼をぴったりと追尾するように、ビームラインがキィンの胸に迫った。
     素早く間に挟まる刻とビハインド。
    「母さん」
    「――」
     二人は同時に手を翳すと同時に発動させたエネルギー障壁でビームを拡散させた。
     とはいえダークネスによる強力なビームである。二人はそのまま突き飛ばされ、壁に強く叩き付けられる。
    「すまん!」
     キィンは二人に片手を翳して礼を言うと、背後の壁を蹴る形で室内へ飛び込んだ。
     周囲の霧と光が晴れ、顔の右半分を水晶化させたツトムと目が合った。
     手を翳すツトム。迷わず銃撃。
     ツトムの腕が斜めに反れ、ビームがキィンのすぐ上を掠めていった。
     床を一度転がって懐に入り込む。
     照準を合わせ直そうとしたツトムの腕を蹴り上げ、仰向け姿勢のまま彼の上半身に銃を乱射した。
     軽くはじき飛ばされるツトム。
     そのタイミングに乗じて居合い斬りを叩き込む奏一郎。
     交差するようにフォースブレイクを叩き込む優子。
     テーブルへ駆け上がった二人はそのまま台を蹴り、ツトムもろともキッチンへと転がり込んでいく。
     いくつもの食器が崩れ落ちる光景に混じって、芋虫眷属が飛び出してきた。
     一メートル大の巨大芋虫である。ミサイルのように飛び込んできた彼らに突き飛ばされる優子と奏一郎。
     棚や壁を破壊して床を転がるが、カウンターに突きだしていた刀が芋虫を貫通していた。既にぐったりとして動かない。
     続いて三匹の芋虫が飛び出してくるが、ライドキャリバー・セッターに跨がった一誠が身を低くして突撃。
     一匹を挽き潰すと、もう一匹に向けて銃を向け、アイアンサイト越しに狙いをつけた。
    「穿て、オウルアイ」
     零距離乱射。芋虫の身体に無数の穴が空く。
     残り一体が彼に襲いかかろうとしたが、空中で突き出された槍で串刺しにされる形で止められた。理一の槍である。
     理一は突き刺した芋虫を大胆に振り回すと、壁に思い切り叩き付けた。はじけ飛ぶ芋虫。
     途端、包丁を握ったツトムが突撃してきた。
     間に割り込んでシールドを展開する征士郎。
     そのシールドが強制的に破壊され、包丁は征士郎の腹に深く突き刺さった。更に、彼の腹を貫通する勢いでビームが放たれた。
     鈴は小指の爪に火をともすと、それをゆらゆらと揺らして見せた。
     それだけで、何事も無かったかのように征士郎の腹の傷が無くなっていた。壁に叩き付けられてぐったりしていた刻たちも同様にである。
    「不思議だよね」
     小指の炎を吹き消して、鈴は呟いた。
    「お話し合いをしてるときよりずっと、感情がむき出しになってるよ。あなた」
    「……」
     ツトムは荒い呼吸をして、脂汗を流しながら、血まみれの包丁を握っていた。
     手は震え、足もまともに開けていない。
     まるで素人だった。
     傘を銃のように向ける鈴。
    「最初からこうしていればよかったかもしれない。言葉よりもずっと、意味があったかもしれない。でも全部、過去のこと」
     咄嗟に手を翳すツトム。二人のビームが連続で交差した。
     直後、一誠がセッターごとツトムに体当たりを仕掛けた。椅子やなにやらをなぎ倒し、壁にめり込まんばかりに叩き付ける。
     翳そうとした右腕を理一の槍が、左腕を奏一郎の刀が貫いた。
     壁にピン留めされたツトムへ、すかさず距離を詰める刻とビハインド。手を押し当て、零距離砲撃を連射した。
     宙を仰いで呻くツトム。
     床に付かない足をばたつかせる。
     歯を食いしばり、言葉にならない言葉を叫んだ。
     プリズムの光がはじけ、理一たちが一斉に吹き飛ばされた。
     直後、背後の壁を破壊して優子が現われた。ロッドによる強烈な突きを、壁ごと彼の背中に放ったのである。
     突き飛ばされたツトムを、征士郎が縛霊手によって強制的に叩き落とした。
     痛む手をついて上半身を起こす。
     そんな彼の頭に、キィンは銃を突きつけた。
    「絶対に大丈夫なんて言わねえぞ。けど、恐いなら手を掴め!」
     震える手が伸び。
     その手から、ビームの光がまばゆく煌めいた。
    「く――っ!」
     キィンはそして。
     引き金を引いた。


     家を出る。
     振り向けば、そこはどこにでもあるような家だった。
     あたりには似たような住宅が並び、今日も似たような暮らしがあるのだろう。
     誰も知らずに。
     誰にも知られずに。
     今日、一人の少年がこの世界から消えた。 

    作者:空白革命 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2015年4月2日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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