
「え? 何ここ……」
気がつくと、そこは洋上だった。
小型帆船の甲板上に、水瀬・夏津子(みなせ・なつこ)は一人きり。なぜ、どうやってここに来たのかも思い出せない。
――バシャッ。
「っ?!」
水音と気配に振り返ると、そこには三つ叉の槍を手にした半漁人……としか表現のしようが無い生き物が。一体だけでなく、海中から次々と船に乗り込んでくる。
「海ヘ入レ……海ヘ入レ……」
彼らはその鋭利な槍で夏津子を突き刺す……のではなく、海に入らせたいらしくジリジリと間合いを詰めてくる。
「い、いや! 無理無理! 泳げないし!」
しかし、「カナヅチ」の夏津子にとって海に入る事は死と同義だ。かぶりを振って必死で拒否する。
――ざばっ。
槍でつつかれても水中に入ろうとしない彼女に業を煮やしたのか、海中からぐにょーっと伸びてきたのは巨大なイカの触手っぽいもの。
「いーやー! 絶対に、死んでも海になんか入らないー!!」
足を引っ張られながら、船の舳先にしがみつく夏津子。彼女の命運は、まさに風前の灯火であった。
「悪夢に囚われているのは中学生の女子なのだけれど、彼女は水泳が大の苦手で、足の届かない海に入るなんて、もってのほかと言う感じですわね」
有朱・絵梨佳(中学生エクスブレイン・dn0043)の説明によると、その彼女――夏津子が、洋上の小舟から無理矢理海に落とされそうになる悪夢に囚われていると言う。
「水着の女の子に、なんて酷ぇ事しやがる」
と、義憤を露にするのは風水・黒虎(跳梁焔獣・d01977)。今回の事件の情報をもたらした当人である。
「このまま放置すれば、彼女の精神は疲弊し、最終的には命を落とすことになりますわ」
そうなる前に、救わねばならないだろう。
「夢を作り出しているのは、もちろんシャドウですわ。半漁人や巨大イカと言った海の化物に扮した手下に命じて、夏津子を脅かしていますわね」
まずは、これらの手下を蹴散らして彼女を救うことだ。
「ただ、それだけでは彼女が悪夢に打ち勝ったとは言えませんわ。出来る事であれば……彼女が水や海に対して抱いてる恐怖心を和らげ、二度とこうした悪夢に囚われる事の無いように出来ればベストですわ」
手下達を蹴散らせば、海賊船の船長に扮したシャドウが姿を現し、襲いかかって来るだろう。
シャドウ達が直接夏津子を殺害しようとする事は無いが、戦場となる船は狭く、戦闘中は海に居て貰う方が安全とも言える。
「彼女を説得し、勇気づけて海に入って貰えれば、戦いにも集中出来て一石二鳥と言う訳ですわね」
幸い船には浮き輪が常備されている。必要なのは勇気だ。
「あなた達なら安心でしょう、吉報をお待ちしておりますわ」
そう言うと、絵梨佳は灼滅者を送り出すのだった。
参加者 | |
---|---|
![]() 陰条路・朔之助(雲海・d00390) |
![]() 影道・惡人(シャドウアクト・d00898) |
![]() 風水・黒虎(跳梁焔獣・d01977) |
![]() 長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536) |
![]() 風雷・十夜(或いはアヤカシの血脈・d04471) |
![]() メルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004) |
![]() 月夜野・噤(夜空暗唱数え歌・d27644) |
![]() 癒月・空煌(医者を志す幼き子供・d33265) |
●
見渡す限りの、海である。
「なんで、なんでよ!」
水瀬・夏津子(みなせ・なつこ)は、自分が何故洋上を漂う小舟の上に居るのか、これからどうすれば良いのか、とにかく何もかもが解らず、ただ絶叫していた。
「海ヘ入レ……海ヘ入レ……」
それだけではない。過酷な運命は、彼女がゆっくりと嘆く時間さえも奪おうというのだ。三つ叉の槍を手にした半魚人がジリジリと、彼女を船の舳先へ追い詰めつつある。
「絶対いや! 絶対入らないから!!」
それだけでも十分なのだが、ダメ押しとばかりに海中から触手を伸ばす巨大イカまでも姿を現した。
まさに絶体絶命、風前の灯火。
「ちょっと待ちな!」
と、この上ないタイミングで現れたのは、風水・黒虎(跳梁焔獣・d01977)を初めとする灼滅者達。
「ナ、何者ダ?」
「……」
すかさず、半漁人達と夏津子の間に割って入る一行。長姫・麗羽(シャドウハンター・d02536)は無言のうちに夏津子へ伸びる触手の主たる巨大イカに、漆黒の弾丸を撃ち込む。
「毎度、良い趣味してんぜ」
半ば呆れた様な口調で言いつつ、手をかざす風雷・十夜(或いはアヤカシの血脈・d04471)。
「ッ?!」
半魚人らの周囲から、急速に奪われて行く熱量。見る見るうちに鱗に包まれた彼らの身体は凍てつき始める。
「あ、あなた達は……?」
「はい、こんにちは。魔王よ」
――ブンッ!
呆気に取られる夏津子の問い掛けに、事も無げに答えるメルフェス・シンジリム(魔の王を名乗る者・d09004)。ウロボロスブレイドを撓らせ、魚人達をなぎ払う。
「え、えっと……助けてくれるの? 味方ってこと? 一体ここは、それにあの人? 達は……」
「俺は戦いに来ただけだ。……ま、パパッとな」
影道・惡人(シャドウアクト・d00898)は、矢継ぎ早に質問を投げかける夏津子の言葉を遮るように言うと、無数の弾丸を雨の様に降り注がせる。
「すぐ終わるから、ちょっと待っててな」
フォローする様に言葉を掛けたのは陰条路・朔之助(雲海・d00390)。瀕死になりつつある魚人の顔面に拳を叩き込み、霊力によって形成した網で縛める。
「退治します……です!」
「ウ、ウアァァーッ!」
月夜野・噤(夜空暗唱数え歌・d27644)の手から放たれた護符が、最後の半魚人の額に直撃し、跡形も無く消滅させる。
――ザバァンッ
「きゃあっ!? イカが!」
半魚人らが消え去ると、再び触手を伸ばして夏津子を捕えようとする巨大イカ。
「力を貸してっ!」
癒月・空煌(医者を志す幼き子供・d33265)はスレイヤーカードを解放すると、ダイダロスベルトを一直線に伸ばしてイカの触手を絡め取り、そのままギリギリと締め上げてゆく。
●
「あー怖かった。って言うか、何なのアレ? なんで私ここに居るの? 貴方達はどうやってここに来たの?」
魚人と巨大イカの脅威が去り、再び猛烈な勢いで疑問をぶつけてくる夏津子。ひとまずの脅威は去ったとは言え、不安げな表情だ。
「かくかくしかじか……とまぁ、そんな感じで」
「……えっと、解ったような解らない様な」
掻い摘まんで朔之助が事態を説明するが、やはり全てを納得する事は難しそうだ。
「ともかく、そう言う事だから、しばらく海に退避して貰いたいんだ」
「えっ!? いや……海にって、無理無理! せっかく入らないで済んだのに、なんで自分から海に入らなきゃいけないの!?」
さて、黒虎が海への退避をやんわりと提案するが、やはり猛然と拒絶反応を起こす夏津子。
「……」
「……」
相変わらず言葉少なに、黙々とフロートを膨らませている麗羽。惡人も我関せずと言った様子で、周囲の警戒に専念している。
「海は友人との遊び先にも選ばれやすいでしょう。その時1人で砂浜っていうのも相当さびしいわよ?」
「うっ……そ、それは……」
メルフェスの指摘に、何か思う所が有ったようで視線を泳がせる夏津子。
本来ならゆっくりと慣れさせつつ、海への恐怖を克服させるのが筋というものだが、今回ばかりはそうもいかない。多少のショック療法も必要だろう。
「部活でだって最初からエースだった訳じゃねェだろ? 必要なのは最初の一歩を踏み出す勇気、後は慣れと練習さ。人間の身体ってのは、そもそも浮くように出来てんだからよ」
「そ、そうだけど……」
「浮き輪に捕まっていれば溺れたりはしないから、後はゆっくり足を動かして……」
勇気づける十夜の言葉に頷きつつ、取りあえず備え付けの浮き輪を手渡しつつ簡単なレクチャーを施す空煌。夏津子も足取りこそ重いが、ゆっくりと船縁へ近づいて行く。
「大丈夫、です。水冷たくて気持ちいいです。落ち着いて落ち着いて」
「そ、そんな事言われても……怖いし」
いざ海面を前に、宥めるように繰返す噤。しかし当の本人は、ガクガクと足を震わせて全く大丈夫じゃ無さそうだ。
が、ともかく船縁に足を掛け、後は飛び込むだけと言う所まではこぎ着けた。
「や、やっぱ無理かも」
飛び込む寸前になって、二の足を踏む夏津子。
「ツツーッ」
「ひあっ?!」
何を考えたのか、そんな彼女の背中を人差し指でなぞるのは黒虎。
「う、わあぁぁーっ!」
――ドボーン。
ビクリと跳び上がった拍子にバランスを崩した夏津子は、そのまま海中へ。
「意外と大丈夫だろ?」
「ぶはっ! ……だ、大丈夫なワケ……いや、まぁ……大丈夫、なのかな?」
夏津子は浮き輪にしがみつきながら、そう黒虎に答える。
「海は君が思ってる程怖い所じゃないよ。冷たくて気持ちいし、ほら。晴れた海はキラキラして綺麗だろ?」
「……そ、そうかも? あんまり見てる余裕無いけど」
朔之助の指さす空にちらりと視線を向けるが、すぐまた浮き輪に目線を戻してしまう。
「これ……」
「わ、こんなに沢山……あ、ありがとう」
麗羽が、膨らませ終わったビーチボールやイルカのフロートなどを投げ渡す。掴まる物も増え、心強くはなった様だ。
「お。出て来たぜ」
「っ!」
惡人の言葉に、一斉に振り返る灼滅者達。甲板上には、鉤爪にアイパッチ、赤髭を蓄えた屈強そうな男の姿があった。
●
「人様の悪夢に入り込んで好き勝手してくれるじゃないか? もう少しであの女を恐怖のどん底に突き落として――」
――ドドドドッ。
「ぬうっ!? き、貴様……ひとが喋ってる途中だと言うのに」
「ぁ? 勝ちゃなんでもいんだよ」
惡人は一切悪びれる様子も無く、引き金を引き続ける。
「大体お前の夢じゃないだろ。行くぜド根性」
朔之助もこれに呼応し、ライトキャリバーの援護射撃と共に拳を振り下ろす。
「こ、こわっぱどもが! 一人残らずフカの餌食にしてくれる。その上で改めて、あの女を海底に叩き込んでやるわ!」
「ひっ?!」
唾を飛ばしながら、フックで洋上の夏津子を差すシャドウ。
「大丈夫。あとは任せてください、なのです」
「シャドウにはお仕置きが必要」
夏津子を安心させる様に声を掛け、同時に護符を数枚投げつける噤。再びゴスロリに銀髪と言った出で立ちになった空煌は、これに合わせてクロスグレイブを振り下ろす。
「ええい、ちょこまかと……」
「人の恐怖心を利用するお前らのやり方、許せんな!」
「援護するよ」
義憤を拳に篭めて、シャドウの鼻っ柱を叩きに掛かる黒虎。麗羽も短く呟く様に言いつつ、側背を取ってシールドを叩きつける。
「くうっ……悪夢の方に力を使っているとは言え、この程度っ!」
――ブンッ!
鋭利に研ぎ澄まされたフックを振るうシャドウ。
「っ……こんなのはどうよ?」
だが十夜は紙一重でこの一撃をかわすと、影を宿した拳をシャドウの鳩尾へと叩き込む。
「ご、はっ……!」
「あなたに少女を虐める権利はないわ」
夏津子は比較的大人びており、彼女のストライクゾーンでは無かった様だが、ともかくウロボロスブレイドをシャドウの脚に突き立てるメルフェス。
「ぐわぁぁっ! クソ……まだだぁっ! 俺様の邪魔をした報いを受けさせてやる!」
「おぅヤローども、殺っちまえ」
いまだ撤退しないシャドウへ、惡人は援護射撃を叩き込みつつそう発する。
「よし、一気に行くぞ」
「粘ったってもう勝ち目は無いぜ」
黒虎の足下から伸びた影が、シャドウの脚に絡みつくと同時――閃光を纏い強烈な飛び蹴りを見舞う朔之助。
「ぐう……くらえぃ!」
――ズダーンッ!
火打ち石式の銃を放ち、最後の反撃を試みるシャドウ。
「……っ!」
麗羽は間一髪これを回避すると、逆にデッドブラスターを近距離から打ち込む。
「ぐあぁーっ!!」
吹き飛ばされた巨体が宙を舞い、甲板に強か叩きつけられる。
「雁字搦めにしてやんよ」
「無様ね。跪きなさい」
息つく暇を与えず、縛めの霊網を叩き込む十夜。メルフェスは自らの所有する飛翔する剣の奇譚を紡ぎ、その呪いをシャドウへと執着させる。
「今……です」
「これで終わり」
――バッ!
自らの腕に人狼の力を発現させ、鋭利な銀爪を突き立てる噤。と同時に、空煌の紡ぐ死神奇譚が更なる追打ちを掛ける。
「ぐ、おぉぉ……覚えていろ……いつか必ず報いを受けさせてくれるわぁっ!!」
捨て台詞を叫びながら、シャドウは黒い霧の様に消散してゆくのだった。
●
「皆、怪我は無いかな?」
薬箱を手に皆を見回す空煌。夏津子を含め、幸い負傷者は居ない様だ。
「これだけ海の上に居られたんだ、もう大丈夫だな」
「そ、そうなのかな……でもまぁ、進歩した……と思う」
八重歯を見せてニコリと笑ってみせる十夜。夏津子も、少なからず自信をつけた様だ。
「後は……足の届く所とか、すぐに立てる範囲で、段階を踏んで慣すと良いわ」
「ちょっとづつ慣れていけば、大丈夫、です。頑張って……です」
「うん、こんな深い所で入れたんだから……大丈夫……だと思う」
メルフェスの助言と噤のエールに対しても、多少不安そうにしながら前向きに応えてみせる。
「あぁ、そのうち泳げるようにも絶対なるさ! この夏、いっぱい楽しんでな?」
「うん……有難うございました!」
朔之助の言葉に笑顔で頷いた夏津子は、改めて皆へ礼を述べる。
「いつか本当に海やプールでデートできると良いな!」
「で、でーと?! いやいや……ないない」
けれどニッコリスマイルで言う黒虎に、慌ててかぶりを振る。部活一筋なのか、色恋沙汰には疎そうだ。
「ま、後は好きにやんな」
任務の成功を確認すると、興味なさげに踵を返す惡人。
「行きましょう」
小声で呟く麗羽に続き、一行も夢を後にする。
かくして、灼滅者達の活躍によって一人の少女が悪夢から救い出された。
今後どの様に克服してゆくかは彼女次第だが、少なくとも二度とこの様な夢に囚われる事は無いだろう。
作者:小茄 |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
|
種類:
![]() 公開:2015年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
|
||
![]() あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
![]() シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|