怨念慕情

    作者:四季乃

    ●Accident
    「その女性の都市伝説は子供を亡くした悲しみや辛さが怨念となったものだと、この地域では噂されているようです」
     果たして子供を亡くした女性が事実居たのかどうかは分かっていない。しかしそのような怪談話は確かに存在したのだ。怨念が具現化してしまったその都市伝説は、夜な夜な子供を求めては暗闇に乗じて連れ去ってしまうと云う。
     仲間たちを振り返った十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)は声を一層小さくした。
    「塾帰りの小学生が先日被害にあったそうなんですが、すぐに大声を上げたために付近の住人によって助け出されました」
     幸い命を奪われることにはならなかったが、日が落ちるのも早くなってきた今、子供が遅い時間に帰路に着く可能性も増えてきた。
    「皆さんにその怨念――都市伝説を灼滅してもらいたいのです」

     女性の姿は二十代後半から三十代前半ほどの若さで、陽が落ちた暗がりを往く子供をするりとかどわかしてしまうと言う。
    「この辺りは街灯も多く、そう真っ暗ではないのですが敵がどのようにして出現するかはあまり分かっていないのです」
     正面から、背後から。人として普通に接触するのか、あるいは――。どちらにせよ用心するに越したことはない。ちなみに被害に遭った小学生は三人ほどの複数だったことから、囮は一人きりでなくとも良さそうだ。
    「きっと子供好きだったのでしょうね……数が多ければ多いほど良い…なんてこともあるのでしょうか」
     朋萌は顎に人差し指を当てて虚空を仰いだ。
    「人を呪わば穴二つ。どうか皆さん、気を付けてくださいね」


    参加者
    天方・矜人(疾走する魂・d01499)
    倫道・有無(ヰソラミチ・d03721)
    丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)
    白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)
    ウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)
    新堂・アンジェラ(業火の魔法つかい・d35803)
    十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)
    篠崎・零花(小学生魔法使い・d37155)

    ■リプレイ

    ●上弦の月
     ふるりと身を震わせた。
     冷たい夜気が足元を擦り抜けて行く。篠崎・零花(小学生魔法使い・d37155)は肩口で踊る白髪を視界の端に捉えた。ウイングキャットのソラがひと鳴きすれば、それは深更の住宅街によく響いた。
     隣を歩いている十六夜・朋萌(巫女修行中・d36806)が前方を照らす懐中電灯の明かりが無機質なコンクリート塀に跳ね返る。頭上で点灯する街灯はどこか薄ら寒く思えた。相槌を打つたびに闇夜を掻き分ける新堂・アンジェラ(業火の魔法つかい・d35803)のLEDライトが目に沁みる。
     赤い瞳が半分ほど伏した表情の乏しい零花であったが、朋萌とアンジェラに話しかけては仲良くなろうと試みる意識が分かった。二人はにこやかな笑みを浮かべて、学校の話題で盛り上がりを見せていく。
     藹々とした様子に身を投じていた白川・雪緒(白雪姫もとい市松人形・d33515)は、その口元にゆるやかな弧を描くとどこか大人びたように笑みを刷いた。
    (「子供を拐う都市伝説、ですか」)
     会話に耳を傾けながら百物語を語る雪緒の脳裏に、まだ見ぬ女性の儚げな後姿が浮かび上がる。
     作戦を始める前「子供をなくしたお母さんの話……日本の怪談話とかで出てくるわね。今回もそんな感じなのかな」とアンジェラがぽつりと零していた。
    『都市伝説って、後悔の念とか、未練が形になることが多いですよね……』
     それを受けた朋萌は切り揃えられた前髪の下でそっと睫毛を伏せ、胸の内に蠢くやりきれない想いを吐き出すように囁いていた。その言葉が、どこか耳に残っている。
    (「都市伝説に突っ込んでも意味がないとはいえ、彼女のなくした子供は、見ず知らずの代替え品を拐って事足りるような存在だったのでしょうか」)
     子を失う母の気持ちは、まだ分からない。喪ったあと、どれほどの悲しみによって気が触れてしまうのさえも。とても想像出来るものではなかった。
    (「怪談話だとしても…可哀想だと思う。……だからって子供を連れて行くのはやめさせなきゃ」)
     雪緒の隣。ソラのぬくもりを感じながら決意を抱いた零花の眼差しが眼前に立ち込める闇を射抜く。

    ●虚空の闇
     ちかり。ちかり。
     子供たちが鞄に付けた反射版の光が幽かな明るさの中で存在を放っている。車がすれ違うのもやっとな道路は古い街灯の明かりが落ちている。ほんの僅か先が見える程度。目が慣れなければ子供たちの姿も薄らとしか確認できなかった。
     電柱の陰に身を隠す丹生・蓮二(エングロウスドエッジ・d03879)と天方・矜人(疾走する魂・d01499)、そしてウィスタリア・ウッド(藤の花房・d34784)と倫道・有無(ヰソラミチ・d03721)の四名はバラバラに散って聞こえてくる少女たちの笑い声に耳を澄ませていた。
    (「……美人かな。美人だったらいいなぁ」)
     墨を流したような望洋たる夜空を見上げ、蓮二ははふん、と小さく吐息した。お化け顔だったらどうしよ。
     瞬くか細い星の煌めきから視線を下すと、ちょうど矜人が次の電柱へと移動するところであった。薄ぼんやりと浮かび上がる白い骸骨の仮面が不気味さに拍車をかけている。
    (「シンプルな分、強そうではあるよな。さて、どう出てくるか……」)
     その矜人は、雪緒が口にしていた百物語に気付いていた。ゆえに。
    (「白川が百物語を使ってる時にそれでも近づいてくるヤツがいれば、そいつはめちゃ怪しいってことだよなァ……?」)
     夜気に煽られる黒衣の裾を手で押さえ、辺りの闇に息を殺しているのではないか。背後から擦り抜けて行くのではないかと辺りを注視する。少女たちとは、すぐに駆けつけられる程よい距離感を保ち、なるたけ存在を消して前を往く。
    (「何処から来るのかしらね。まぁ……義姉さんが居るから大丈夫だとは思うけれど」)
     闇に乗じて漂う金木犀を感じながらウィスタリアが吐息を呑み込んだ、その時だ。
    「きゃっ」
     少女たちの方から小さな悲鳴が沸き起こったことに気が付き、身を潜めていた四人にサッと緊張感が走る。咄嗟にサウンドシャッターを展開したウィスタリアは、涼やかな切れ長の目を細め少女たちの姿を確認すると、彼女たちの真正面にゆらりと立ち尽くす女が一人、居ることに気が付いた。
     驚いてソラを抱き締める零花の傍ら、アンジェラが大袈裟に驚いて仰け反っている。その様子に小首を傾げたらしい、女の長い髪がふわりと靡き広がりを見せた。
    「可愛いお嬢さんたちね……お友達なのかしら」
     ちらりと四人の視線が交差する。しかし女性は気にした風もなく、両腕を広げるとアプリコットの口紅を引いた唇を微笑みの形に作り、一歩前へ、踏み出した。
    「仲良しさんなら、今日からもっと仲良しになりましょう」
     姉妹として。家族として――。
    「行こうか」
     それまで静かに見守っていた有無は、ゆるりと睫毛を持ち上げると這い上がる闇をその身に宿し、地を蹴った。

    ●慕情の咎
    「いらっしゃい。怖がらなくて良いの――」
     広げた両腕の、その指先からまるで見えぬ糸が張り巡らされているかのようにアンジェラの身体がぴくりともしない。
    (「都市伝説になったら灼滅しなきゃだし。被害が出る前に何とかしなきゃね。しっかり、がんばるわ」)
     しかし、縫い止められたようにその場に立ち尽くしていたアンジェラは、生気を奪われるような感覚を振り払い、その五指で龍砕斧を引っ掴むと――。
    「これで切り裂いてやるわ!」
     闇ごと叩き斬る勢いに任せて一振り。
     なんかアンジェラが襲ってるみたいだけど、と内心複雑な思いを抱えつつも繰り出された一撃に、よほど驚いたのだろう。
     よもやそのような行動に出るとは思わなかった女性――都市伝説は驚愕の色を浮かべた表情で龍骨斬りを肩口に受け止めることとなった。が、よろりと身をふらつかせた先で言の葉によって操られた闇と霊が身に降りかかり、女の口からたまらず悲鳴が上がる。
     とっさに攻撃を仕掛ける動きを見せた女であったが、しかし。
    「待ちなよお姉さん。その子ら、子供の割には結構やんちゃするから手を焼くと思うぜ? それでも良いってなら――」
     有無の一撃に反撃の色を見せた敵へと、一気に距離を詰めたのは矜人だ。
    「破ぁ!!」
     彼は力強い踏み出しによって振り被ったそのマテリアルロッド『タクティカル・スパイン』を暗がりから叩きつける。
    「さあ、ヒーロータイムだ!」
     矜人の言葉を合図にしたかのように、たちまち少女たちを庇うように前へ出たウィスタリアと蓮二。
     まずウィスタリアが妖冷弾を撃ち出して追撃する傍ら、蓮二は真っ先に攻撃を受けたアンジェラへと集気法の回復を試みている。その様子に一つ頷いた雪緒は、
    「あなたのお話は伺っています。ですが理由はどうあれ、子供に害を為すのは見逃せません。お覚悟を」
     そうきっぱりとした言葉を放つ朋萌へ防護符を飛ばしてみせた。それを受けた朋萌は前衛たちに白炎蜃気楼を纏わせ、準備を怠らない。
    「……子供たちは無事なの?」
     魔導書を胸に抱き零花がその横顔に問いかける。女性はゆるりと頤を持ち上げると、頬に散った紅い血の花を手の甲で拭いながらそっと微笑んだ。
     その隙に宙で一回転したソラが肉球パンチを繰り出すと、都市伝説は抜き身のナイフのように研ぎ澄ました双眸をして振り返り、妖冷弾を受けた左腕を広げて、まるで「あっちにいけ」とばかりに振り払う動きを見せた。
     すぐさま零花がアンチサイキックレイを放つが、女の総身から放出された大気が揺さぶられるほどの衝撃波が灼滅者たちに襲い掛かる。
     その動きに反応してソラが咄嗟に仲間を庇うように前に出れば、ウィスタリアも捻じ込むように身を挺する。
    「義姉さん、頼むから無駄にハッスルしないでよ?」
     己の背後で七不思議奇譚の行動に入っていた雪緒は、ウィスタリアの方をちらりと見上げると密やかに微笑むばかり。
    「あんた大人しい顔して暴れたがりだし、後で寮母さんにボコられるのおれなんだから!」
     そんな表情を見たウィスタリアは、勘弁してよね、とばかりに声を上げたがなんのその。
    「ふふ、お藤さんがいるならわたくしは存分に暴れられます」
     そうして彼女の奇憚「蟷螂」が紡がれると、成人女性もあるサイズの日本人形がその長い髪を振り乱し、手にした刀で都市伝説へと襲い掛かる。
    「きゃああ!」
     耳朶を刺すような強い悲鳴を耳にして目を細めた蓮二は、ちらりと防護符を飛ばす朋萌の行動をチェックしたのちに己の片腕を異形巨大化させていく。
    (「母は強い。俺は良く知ってるよ。でもきっとすごく寂しがりやなんだ」)
     持ち上げられたその拳を握り締め、以外にも目鼻立ちの整った儚げな印象をした都市伝説へと鬼神変を振り下ろす。
    「お前が手を出そうとしている子供達には、お前以外の親がいる。見守るだけじゃダメなのか?」
     その凄まじい衝撃に耐えきれず地面に膝を突きかけたところへ蓮二が呼びかける。その言葉に小さく肩を揺らし反応を示したが、だがそこへ懐に飛び込んだ矜人が飛びあがりながらアッパーカットを繰り出したのだから、たまらない。
     雷に変換された闘気を宿した拳は、女の腹を真っ直ぐに突き上げた。宙へと跳ね上がる女の口から呻き声と血が溢れた。
    「子供が好きならば、自分の想いを押し付けるだけでは逆効果なんですよ」
     それでも都市伝説は電線を掴んで空中で身を翻すと、呼び掛けた朋萌に向かって手を差し伸べた。
    「あの子がほしい」
     まるで歌うようなその言葉に、ぐらりと頭が揺れる。
     だが。
    「あの子ぢゃわからん」
     七不思議奇譚を放った有無の都市伝説「少年」が女の身体に体当たりする。あっ、とか細い声を零して攻撃を受けた都市伝説は、そのままふらりと塀や木々に身を当てつけながらも地に落ちてきた。
     女の視線は有無の元へと戻っていく少年の背中を追っている。その表情に目を細めた有無はするりと少年を隠すように消してしまった。
    「彼が、気になるのかな」
     そろりと小首を傾げて問うた有無に、女が小さく唇を噛んだ。
     その苦悶に満ちた表情を見て、彼女が本当に欲しいのは少年だったのだろうかと、ウィスタリアはふと思った。だが分かったところで、本当の少年を、子供を彼女に与える訳にはいかないのだ。
    (「可哀想だけど、あげられないのよね。こればっかりは」)
     ウィタリアは鋼糸を操り隙だらけの都市伝説へ斬弦糸を繰り出すと、スタタタタッと駆け出したアンジェラが体内から噴出させた炎を夜空に巻き上がらせ、
    「総てを焼き尽くす紅蓮よ!」
     細い身体を駆使して全力のレーヴァテインを叩きつけてやる。
     夜空を焦がしてしまいそうな勢いで燃え上がる炎に目を眇めながら零花は問い掛ける。
    「…連れて行った子供は…どこにいるの?」
     だが女は答えない。
     がくりと落とされた肩から下たる血が指先に滴りアスファルトに血だまりを作っている。ソラが猫魔法で応戦するのを見、小さく唇を結んだ零花は高純度に詠唱圧縮された魔法の矢を解き放つ。
     肩口に受けた矢を見下ろし、それでも大気ごと吸い寄せるように闇を引っ張る仕草を見せた女性に、朋萌は少し悲しげな表情を浮かべて抵抗する。
    「あなたの攻撃は身勝手すぎます」
    「ほら。こんな顔させてちゃ、失格よ?」
     つい、と指先を動かし己の影を放出したウィスタリア。影はするすると電柱を這い上がり、電線を伝って都市伝説の頭上に巡ると、あたかも漆黒の藤が咲き乱れたかのような影が都市伝説へ覆い被さっていく。
     それに驚いて身を縮めた都市伝説は、少なからず彼の言葉にもダメージを負ったようだ。揺れた瞳が己の退路を探す。
     しかしそこには退路を断つように立ちふさがる雪緒が居て、視線が重なり合うと彼女は影縛りを寄越してくる。
    「こちらにおいで」
     有無のディヴァーズメロディによって都市伝説の身体がその方へ動く。まるでその言葉に吸い込まれていくように。
    「やっぱり、抱きしめあったりしないとダメなのか? かーちゃんの側にいたいって泣いたら、お前はどうする? 何をしてやれる?」
     と、そこへ更に問われる蓮二の言葉。ハッ、と瞠目した瞳に見る間に溢れかえる感情に、都市伝説は遂に膝を突いた。
     それを勝機と見た矜人は、タクティカル・スパインを握り締め、さめざめと涙を零して頬を濡らす女に語りかけた。
    「子供好きなのは悪い事じゃねえが子供らには帰る所があるし、帰りを待ってる人もいる。アンタに連れて行かせるわけにはいかねえのさ」
     虚ろで、けれどどこか寂しげな瞳が矜人を見上げ、背後に居る少女たちを見る。
    「せめてその怨念が晴れるよう、一思いにやってやる!――スカル・ブランディング!」
     矜人の言葉が闇夜に跳ねる。

    ●虚空の雫
     呼吸に伴って胸が微かに上下する。血濡れた唇からは今にも消えてしまいそうな小さな息が、此の世の未練のように続いていた。
     そのそば近くで零花や朋萌たちが集まり、静かに見守っているのを目にし、一度その睫毛を伏せた有無は再び己の都市伝説「少年」を傍らに呼び出すと彼女の方へと歩み寄って行った。
    「あ……」
     か細い声が、思わずと言った風に漏れた。都市伝説は、手を伸ばせば触れられそうな距離にいる「少年」を見て、眦に涙の珠を盛り上がらせた。
     矜人やウィタリアたちが静かに見守る中、都市伝説はそうっと小さく息を吐いたのが分かった。すると彼女の身体が、闇に溶ける雫のように崩れていき、それは少年の周りとくるりとひと回りして有無の中へと吸い込まれて消えて行ってしまった。
    「終わったようですね」
     囁くように呟かされた雪緒の言葉に、みなが頷く。
     蓮二は夜気に触れてさらさらとすくわれる髪を掻き上げ、空にぽっかりと浮かんだ夜空を振り仰いだ。夜空に重なる母の姿が、ほんの一瞬見えた気がした。
     その時だ。
    「…このあと暇だったら、カフェやレストランとかに行かない…?」
     思い切ったように口を開いた零花の言葉に、灼滅者たちは顔を見合わせた。そうしてにこりと笑みを浮かべ、彼らは戦いが終わったのだと本当に実感するのだった。
     悲しみの雫が、深更に溶けていく。

    作者:四季乃 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2016年10月8日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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