殺人おみくじ

    作者:邦見健吾

     畿内に所在する、とある神社。
     正月が過ぎ、そろそろ冬休みも終わるという頃、少女は呼び出されてこの神社に来た。
    「ええと、ここで合ってるよね……」
     少女は境内を見回し、呼び出しの主を探す。
    「え?」
     しかしそこに現れたのは、弓矢を携えた、巫女服姿の女性だった。女性は狐面をしていて素顔を見ることはできない。
     狐面の女性は弓に矢をつがえ、ぎりりと引き絞る。
    「いやあぁぁ!」
     放たれた矢は勢いよく飛び、逃げ出そうとした少女の背中に突き刺さった。

    「集まっていただいてありがとうございます」
     灼滅者たちが教室を訪れると、若宮・想希(希望を想う・d01722)が待っていた。
    「以前、命と引き換えに願いを叶えるという都市伝説を灼滅したのですが、他にも『願いを叶える』都市伝説が存在しないかと思って調べてみました。すると、いかにも物騒な都市伝説を見つけたんです」
     そう言って、想希はメモと地図、写真を数枚取り出す。
    「この神社にまつわる噂なんですが、凶のおみくじに憎い相手の名前を書いて樹に結びつけるとその相手を殺してくれる、というものです。エクスブレインの方にも確認しましたが、このままでは事件が起こるそうです」
     凶または大凶のおみくじに名前を書いて樹に結ぶと、名前を書かれた相手がその神社に来た時に都市伝説が現れて相手を殺す。
    「ですので、事件になる前に俺達で倒してしまいましょう。エクスブレインの方に推奨された作戦はこうです。まず凶か大凶のくじを手に入れ、囮役の方の名前を書いて樹に結びます。そして囮役の方が鳥居をくぐって境内に入れば、都市伝説が本堂のほうから出現します。これを倒せば解決です」
     正月でなくてもおみくじは購入できるので心配はいらない。また一般人を巻き込みたくなければ、ESPなどで工夫して追い払うか、人のいない深夜に実行するのが望ましい。
    「現れる敵は弓矢を持った個体が一体、槍を持ったのと刀を持ったのがそれぞれ二体いて、全部で五体です。狐面を被った巫女服の女という特徴は五体とも同じです」
     弓持ちは後衛に立って天星弓のサイキック三つとほぼ同じ技を使い、最も技量が優れている。槍の個体は中衛から妖の槍の旋風輪と螺穿槍に近い技を使用する。刀を持つ個体は前衛で日本刀の居合斬りや雲耀剣と同様のサイキックを駆使して攻撃してくる。
     この五体はおみくじに名前を書かれた人を優先的に狙うので注意が必要だ。
    「この噂について元になった話を調べてみましたが、複数の噂がくっついて伝播しただけで件の神社で事件があったということはないようです。きちんと倒していい年にしましょう」
     想希はコピーした地図を手渡しながら、にこりと笑った。


    参加者
    ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)
    硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)
    華槻・灯倭(セロシア・d06983)
    譲原・琉珂(高校生ダンピール・d07746)
    フランチェスカ・アマリエラ(銀器のなかの清紅・d09193)
    蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)
    竜崎・蛍(諧謔の再臨・d11208)
    小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)

    ■リプレイ

     冬の日が高く昇る頃、灼滅者たちは地図を頼りに例の神社を目指していた。
    「今年はいそがしくなりそうだし、気を抜かず頑張りましょう。……あれね」
     フランチェスカ・アマリエラ(銀器のなかの清紅・d09193)が視界に入った鳥居を指差す。
    「都市伝説って本当に色々あるんだねー。でも、害をなすものは倒さないと」
     硲・響斗(波風を立てない蒼水・d03343)は都市伝説の多様さに興味津々のよう。しかし灼滅者としての使命はもちろん忘れていない。
    「人を殺したいほど憎む気持ちって、どんななのかな? ぼくには想像できないけど」
     まだ幼いゆえの純粋さからか、小鳥遊・亜樹(幼き魔女・d11768)は殺すという願いに対して疑問を覚えていた。
    (……願いを叶えると言っても、呪いの籠められた負の想い、だね。誰でも抱いてしまうものだけれど、願いにしては駄目だね)
     華槻・灯倭(セロシア・d06983)は真剣な面持ちで神社までの道を歩く。
    「実際に死んだらこれをやった人はどう思うんだろうね。自分の手は汚さないから何とも思わないのかな。……それにしても寒いよねぇ」
     セーターとコートを着込んで重武装しているのは譲原・琉珂(高校生ダンピール・d07746)。見ている方にも寒さが伝わってきそうな恰好だ。棒付きの飴をポケットから出して咥える。
     七人の灼滅者が順々に鳥居をくぐっていく。
    「物騒だなぁ……ま、これを倒すのも仕事だよね」
     ミケ・ドール(凍れる白雪・d00803)が緑色の目をきょろきょろさせて神社を見回す。初詣には少し遅いが、境内にはちらほらと参拝客の姿が見えた。
     まずは一人一回ずつおみくじを引いていく。凶が出ますようにと、ミケは目をつぶって念を込めながら箱を振った。出てきた棒をくじに引き換えてもらい、くじを開くと……。
    「大吉」
     凶狙いでもやはり大吉は嬉しいのか、ミケの人形のように繊細な顔に、小さく笑みが浮かぶ。
    「私も大当たり」
     ミケと同じく大吉を引き当てて見せるフランチェスカ。他の五人も開けてみたが、どれも吉や中吉ばかり。神社の係員の怪訝な視線を浴びながらもう一回引いてみたが、小吉や末吉がほとんどで凶はなし。
    「ある意味惜しいね……」
     くじの結果に亜樹が苦笑する。凶が出てほしい、とはなかなか複雑な気分だ。
    「私、もう一回引いてくるよ」
    「あ、私も引きます」
     凶が出なかった場合は結んであるものから拝借する手はずになっており、気が進まない灯倭がもう一回引こうとすると、蘚須田・結唯(祝詞の詠い手・d10773)も付いていく。
     灯倭はくじを受け取ると、首を振りながら戻ってきた。
    「大吉だったよ。普通なら嬉しいものなんだけどね。係の人に聞いたけど、凶や大凶はほとんど出ないって」
    「そうなの。そちらは?」
    「……」
     フランチェスカが結唯に聞いたが、結唯の表情は優れない。
    「じゃあ、とってこなくちゃいけないかなー」
    「……大凶でした」
     響斗が凶のくじを取りに行こうとすると、しょんぼりした結唯の声が返ってきた。内容がよほど悪かったのか、少しうなだれている。
    「大凶だったの? 良か……良くないよね」
    「……結んできます」
     灯倭はほっとしたが、素直に喜んでいいのか分からず苦笑い。一方、結唯は嬉しいのと嬉しくないのが入り混じって複雑な心境だった。ただ、自分だけ大凶を引くあたり本当に運が悪いのではという気がした。
    (絶対に阻止してみせます!)
     囮役の竜崎・蛍(諧謔の再臨・d11208)の名前を書いて木に結び、結唯は心の中で決意を大声にする。都市伝説と一緒に今年の厄も払いところだ。
    「こんな危険な都市伝説、残しておけないよ」
    「危険でも倒してしちゃえば関係ないね。幸先のいい年にしたいな」
     くじの結ばれた枝を眺めながら、亜樹と琉珂が話していた。白い息が口から洩れる。
     そうして準備を終えた灼滅者たちは、集合時間を確認して一時解散した。


     日はすっかり沈み、世界が深夜の静寂に包まれる。七人の灼滅者たちは鳥居の前で、ある人物の到着を待っていた。
    「思ってたよりマヨった。みんなおはよう」
     そこに遅れて蛍が到着。これで役者が揃った。夜の寒さに凍えかけていた琉珂がひそかに安堵する。
    「なんかいひいたの?」
    「……それは聞かないでください」
     蛍の問いに、結唯がうつむきながら答えた。思い出したくないようなことが書いてあったのかもしれない。
    「それじゃ行きましょうか」
     フランチェスカが促すと、灼滅者たちは表情を引き締め、一枚のカードを取り出した。
    「咎人に、永久の安らぎを……」
    「クロステス・フリノット・カティバ・ガリノス」
    「initiate!!」
     結唯、亜樹、蛍がそれぞれに開放の言葉を口にする。八人は各々の殲術道具を携えて配置についた。蛍を先頭に、七人は戦闘になれば即座に飛び出せるよう待機する。
     そして、蛍がとうとう鳥居をくぐった。ちなみに、これでもかというほどのドヤ顔で。すると、すうっと気体が凝結するように、白と赤の衣装をまとった女たちが姿を現す。
    「弓は捨てなくてもいいけどかかってこい!」
     光のリングを周囲に侍らせ、やる気十分に蛍が叫んだ。
    「お出ましだね、巫女さん」
    「そこまでだよ!」
     夜の境内に響くミケと亜樹の声。次いで灼滅者たちは素早く布陣を完成させる。
     そこへ弓持ちが中空へ矢を撃ち出す。ヒュッ、と宙を舞う矢の風切り音が、戦いの合図になった。
     矢の雨が降り注ぎ、蛍たちを襲う。かわし切ることはできなかったが、深い傷にはならなかったのが幸いだ。蛍はお返しと言わんばかりに黒い思念の塊をぶつける。
    「憎悪を叶えたところで、いいコトなんて無いのよ」
     まずは牽制にと、フランチェスカはガンナイフを刀持ちに向けて射撃を行った。前衛の刀持ちから一体ずつ集中攻撃で倒していくのが灼滅者たちの作戦だ。
    「普通の巫女さんだったら……言ってる場合じゃないか」
     独り言をつぶやきながら、琉珂が光をまとった拳で連撃を叩き込む。
    (願いは、人の心を護るためにあるべきだと思うの)
     灯倭は高邁な理想を胸に抱きながら、裏腹に黒い殺気を巫女たちに放つ。彼女の霊犬の一惺も標的を合わせて斬魔刀で跳びかかった。
     刀や槍の巫女も黙っていない。蛍を殺すため前衛を蹴散らそうと、刀持ちと槍持ちが得物を手に襲い掛かる。
    「危ないー」
     響斗が迫りくる二体の居合抜きを光の盾で受け止めたが、槍を回転させながらの突撃を前衛がもろにくらった。
    「私が……」
     しかし結唯が防護符を飛ばして、亜樹が受けた槍の魔力を浄化する。
    「避けてくれないでね?」
     ミケが霊縛手に影を宿して叩きつける。刀持ちの一体に直撃し、刀持ちは大きくのけぞったが、すぐさま姿勢を立て直す。
     戦いはまだ始まったばかり。どちらに転ぶかはまだまだ読めない。


    「いたたたた」
     響斗は光の盾を展開し、守りを固めるとともに太刀によって受けた傷を癒す。
    「なんか許せない……」
     刀持ちがまだ立っているにもかかわらず、亜樹が魔法の矢を槍持ちに向けて放った。刀持ちを狙おうとした攻撃のいくつかが槍の呪いに誘導されたせいで、ある程度ダメージを与えられたものの刀持ちは倒せずにいた。
     弓持ちがまっすぐに蛍目掛けて矢を放つと、鋭い一撃が蛍を貫いた。それなりの技量を持つ敵の攻撃を一人で受け続けるのは、やはり危険を意味する。
    「こ、このマーク50てんだよ」
     蛍が顔を苦痛に歪ませながら、黒いダイヤのマークを浮かばせる。続けて結唯が癒しの光で蛍を照らした。槍持ちの技によって攻撃がまとまらず、灼滅者たちは長期戦を強いられていた。
     刀持ちの一体が琉珂に切り下ろした刀を、琉珂は慌てることなく巨大な刃を振るって受け止め、真っ向から切り結ぶ。戦闘中も口に入れている棒付きの飴は、彼にとって嗜好品の域を超えて必需品になっているのかもしれない。
     その時、刀持ちの死角で何かがわずかに閃いた。瞬間、灯倭の操る鋼の糸が刀持ちを切り刻む。刀持ちの体が揺らいだ。
    「もういっちょ行くよー」
     ミケは猫のように忍び寄り、低い回転音で唸るチェーンソー剣で刀持ちを追撃する。刀持ちの胴体に大きな傷が刻まれ、フランチェスカがビームを照射すると、刀持ちは消えていなくなった。
     苦戦させられていた灼滅者たちだったが、敵の数が減ると徐々に攻勢に回ることができた。
    「こっちの番だよー」
     響斗の槍がもう一体の刀持ちを貫いた。続けて亜樹が封印を施された杖で強烈な一撃を見舞う。琉珂が鉄塊のごとき刀で一太刀浴びせると、胸がぱっくりと裂けた。狐面の巫女は呻き声一つ上げないが、大きく傷ついているのは明らかだ。
     刀持ちは最後の力を振り絞ってミケに襲いかかるが、ミケはひらりと身軽にその攻撃をかわす。その隙を突いた灯倭の黒死斬と一惺の斬魔刀の連携攻撃によって、二体目の刀持ちも力尽きて消滅した。
     誰も欠けることなく刀持ちを倒し、残るは槍持ちと弓持ちのみ。こうなれば槍持ちの妨害もさほど障害にはならない。また刀持ちへの攻撃をいくらか引き受けていたせいで、槍持ちの消耗も小さくない。
     前衛の負担が減ったタイミングを見計らい、弓持ちの攻撃を阻もうとフランチェスカは弓持ちへビームを浴びせた。その間にも灼滅者たちの集中攻撃が飛び、槍持ちの体力をさらに削っていく。亜樹が撃った魔法の弾を受け、槍持ちの一体が消滅する。
     しかし琉珂が伸ばした影が最後の槍持ちを切り捨てたとき、ヒュンと風を切る音が灼滅者たちの間を通り抜けた。
     矢は蛍の体を貫き、花のように鮮血を散らせた。そして、蛍の体が音を立てて倒れた。


     偶然によってもたらされた弓持ちの会心の一撃が、蛍を貫いた。耐えきれず、蛍はその場に倒れる。だが仲間の心配をよそに、蛍はすぐに立ち上がった。
    「大丈夫だ、問題ない」
     しかも何かを成し遂げたかのように得意げな表情――いわゆるドヤ顔付きで。
     そこに結唯が身にまとうオーラで蛍をフォローする。
     状況は完全に灼滅者有利。決着をつけるべくサイキックを駆使して畳み掛けた。響斗が光を帯びた拳で巫女の体を打つと、琉珂の生み出した赤い逆十字が裂傷を刻みつける。高純度に圧縮して形成した魔法の矢を、亜樹が発射する。
     弓持ちはまた標的を射抜かんと矢を放ったが。
    「あたらんよ? 0てん」
     蛍はすんでのところで回避し、またも得意顔。
    「さよなら。次からは誰かの幸せを叶えることね」
     フランチェスカが長い銃身から撃ち出した光の束が、弓持ちを焼く。
    「はい、おしまい」
     チェーンソー剣のけたたましい音を響かせながら、ミケが弓持ちの巫女を両断した。巫女がしていた狐面が割れ、露わになったのは憎しみゆえか醜く歪んだ女性の顔。
    「苦しい気持ちは、傷つけるのではなく、自分を伸ばす糧に……私はそう思うから」
     灯倭は目をそらすことなく、夜に溶けていく巫女を見送った。

    「これで、ひとまず安心かな」
     都市伝説を灼滅したことを確認し、亜樹は息をついた。灼滅者たちはそれぞれに安堵の表情を受かべている。
    「お疲れ様ー。ありがとー」
     響斗は柔和な笑顔で労いと感謝の言葉をかけた。琉珂は飴を咥えながら、ますます冷えていく気温に震えている。神社を出ようとしたところを、結唯が引き止めた。
    「せっかくですので、お祈りしていきませんか?」
     寒いとはいえ、たかだか数分のこと。昼はおみくじの件でちゃんとお参りできなかったこともあり、反対する者はいなかった。
     賽銭を投げて、シャラン、シャラランと鈴を鳴らす。手を合わせて結唯はこう祈った。
     今年が、いい年になりますように。

    作者:邦見健吾 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2013年1月13日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
     あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
     シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
    ページトップへ