
●『贖罪の殺人鬼』――叢雲宗嗣
暗い路地裏のごみ捨て場に、生き物の立てるかすかな羽音が響いている。
漆黒の羽根を赤い血で濡れそぼらせた、一羽の鴉だ。もう喉を潰されて鳴くことも出来ないが、不運なことにまだ生きているらしい。
死にゆく身体を腕一本で抑えつけている黒い人影から逃げようと、鴉は必死で翼をひくつかせていた。
その、人影。
奇妙な薄笑いを浮かべて黙した男は、薄い蒼に光る短刀を鴉の身体に突き刺し、胸を開き、慣れた様子で骨を避けて赤い肉だけを抉り出していく。
彼はまだ、少年と言ってもいいような姿かたちをしている。けれど、刃と同じ冷たい蒼に染まった眸は、人ならざる者の歪んだ幸福に満ちていた。
ただ殺してしまっては面白みに欠ける。求めるのは、肉を切る感触。『殺した』という手ごたえを、事実を、掌の神経ひとつひとつにじっくりと刻まなくては、意味がない。
切りたい。
簡潔で美しいこの衝動に、つまらない目的や理由など加えてはならない。
殺戮は日常。懐かしいのは血のにおい。ああもっと。もっとだ。この両手では捌ききれないくらいに、もっと沢山の肉がほしい。
鴉の肉片を無造作に棄て、彼は立ち上がる。ふと、路地の外を通る人間が目に入った。
動物をばらすのも飽きてきた――そうだ、人間を――。
……駄目だ。
一瞬、意識がぐらついて、鈍い痛みが走る。
短刀を掴んだ右手が、がくがくと痙攣しながら左手首を一心に切り裂いていた。
己が己の肉を切る、その感触にさえも悦びを感じる。漆黒の殺人鬼はニィと口元を歪め、足元の影に嗤った。
――、『牛神』。
声に応え、影より無数の刃が飛び出す。影は右手を突き刺し、痙攣を止めた。
●warning
鷹神・豊(中学生エクスブレイン・dn0052)に連れられた灼滅者たちは、急ぎ足で廊下を歩いていた。
――鶴見岳。司令部。悪魔『アモン』。闇堕ち。叢雲宗嗣。六六六人衆。事件。
すれ違った者たちは、断片的にそのような単語を聞き振り返った。
声をかけるのはやめた。
説明の時間も惜しいのだという、殺気にも似た焦燥が見て取れたからだ。
「さっき視たダークネス……俺も実際に会った事はないが、恐らく叢雲君だった。とりあえず、生きていた事は朗報と言っていいだろう。だが、放っておけば彼は今夜殺人を犯す」
闇堕ちした宗嗣には、既に仲間だった頃の面影は表面上あまり残っていない。
漆黒だった瞳は蒼に変わり、顔には薄笑いを浮かべ、ごく偶に口を開いたかと思えば常の彼からは考えられないような、軽薄で馴れ馴れしい言葉を口走る。
彼は今、何かを切りたい、殺したいという純粋で単純な殺人鬼的欲求に沿い、無作為に殺戮をしようとしている。
「それでも、深層に残る叢雲君の意識が、今まで人間を殺す事だけは食い止めていたようだ。街中の害獣や、己の肉で我慢して――な。でもそれも今夜で限界だ」
止めて欲しい。鷹神は声低く言う。
『切る事』と『暗殺』。
彼はその形式のみにこだわり、ある街の路地裏に潜んで、誰にも気づかれぬよう殺人を行える瞬間を待ち焦がれている。
こちらで先手を打って囮を立てれば、被害を防止しつつ接触できるだろうが、罠だと感づかれないよう細心の注意を払う必要がある。
戦闘に入ると、彼はかつて愛用していた解体ナイフ『無銘蒼・禍月』と、妖の槍『仕込槍・餓烏』。
それからダークネス化によって得た影業に似た力。『牛神』と称す無数の影の刃を生み、襲ってくる。
説得で彼の元人格を呼び起こし、その状態でKO出来れば救出できるはずだ。
「一体どんな言葉が叢雲君の心に届くのかは、申し訳ないが……俺にも分からない。けれど彼は、過去に犯してきた殺人の贖罪を願って刃を振るう、寡黙ながら情の深い少年だったそうだ。……悪魔に追い詰められたあの状況で、殿を名乗り出て闇堕ちしたと聞いてる」
どうにか救いだしたいのは皆同じだろう。
けれど、彼はもう、じきに番号付きの六六六人衆になる人材だ。
「助けられるのも、犠牲を出さず灼滅できるのも、チャンスは恐らくこれで最後だ。迷わず攻撃し、いざとなれば灼滅しろ。俺は、皆のために言っている」
躊躇っていてはこちらが殺されかねない。
それでは、叢雲君のした事の意味が無くなると――どうか分かってくれ。
校舎を出て、門へと向かう灼滅者たち。
その背が見えなくなるまで、エクスブレインは何かを願うように彼らを見ていた。
参加者 | |
---|---|
![]() 鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181) |
![]() 灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085) |
![]() ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253) |
![]() 白鐘・衛(白銀の翼・d02693) |
![]() 雲母・凪(魂の后・d04320) |
![]() 白灰・黒々(モノクローム・d07838) |
![]() 祁答院・在処(放蕩にして報答の・d09913) |
![]() 緋金・藍璃(全力全開絶好調・d13378) |
時刻は18時を少し回った頃だった。此処は普段から人気の無い道だったが、今日は一段と奇妙な静けさに満ちている。
警備員に扮した灯屋・フォルケ(Hound unnötige・d02085)が迂回を促せば、通ろうとした人々も工事看板を一瞥し去った。白鐘・衛(白銀の翼・d02693)が、もう一方の待機班に携帯で連絡を入れる。
応じたのは路地の反対側で殺界を拡げる白灰・黒々(モノクローム・d07838)だ。祁答院・在処(放蕩にして報答の・d09913)、ヴァイス・オルブライト(斬鉄姫・d02253)、雲母・凪(魂の后・d04320)の3人を見回し、黒々は応答する。異常なし。一旦会話を終え、衛はほうと息を吐く。
「さて、炙り出てくるかねぇ」
誰の事かは、言わずと知れている。
「出る、出ないの問題じゃないわ。首に縄括り付けてでも、絶対連れ戻してやらなきゃ」
衛には気心知れた仲である鹿島・狭霧(漆黒の鋭刃・d01181)。彼女の忌憚ない言葉は心強くもあり、また路地の先の底知れぬ闇を深めるようにも響いた。
一方その頃、囮役の緋金・藍璃(全力全開絶好調・d13378)は一人路地の闇を急ぎ足で駆けていた。
腕時計をちらちら見やり、門限を気にして近道を図る普通の少女と映るよう注力する。ポケットには各待機班と通話状態になった携帯電話が入っている。襲われれば電波がすぐさまそれを伝え、『彼』を挟み撃ちにすべく路地の両側から仲間達がやって来る。
一行の中で唯一『彼』の顔見知りでない彼女は、感づかれぬ餌として事足りた。
「うあッ……!?」
突如背を襲う斬撃。躊躇なき太刀筋、あまりに純粋な殺意。
殺人鬼。藍璃は痛みを堪えて振り返り、初めてその人の姿を見た。
「叢雲、宗嗣……会いたかったぜ」
自ら囮となって仲間を護った、器用ではないが優しい少年。
そのなれの果ての、一歩前。
ナイフを滴る血を眺めうっそりと嗤うその顔に、かつての面影はいか程残っているのか。
藍璃には判断しえぬ事だったから、彼女は素直に笑えたのだろう。
藍璃の叫びを聞き、待機班はすぐさま動いた。
「……藍璃さんと宗嗣くん、どこに居るんでしょう」
凪が隣を走る在処に囁いた。安全策で戦地から距離を取った分、下準備なく遭遇地点を知る事は難しい。在処は考えを巡らせていたが、やがて首を振った。
「分からないな。とにかく今は走るしかない」
単純な距離の問題。正確な位置も判らない。時は容赦なく刻まれる。
――嫌だ。ヴァイスの胸に焦燥が走る。駆ける足に力が籠もり彼女は最前を進んだ。黒々は携帯を取り、叫ぶ。
「緋金さん! もう少し、もう少しだけ耐えてください。あなたも叢雲さんも、絶対に助けます……!」
ポケットから響く声に耳を傾ける余裕も無かった。左手に構えた盾代わりの刀の鞘が、槍に弾かれからんと落ちる。
「……躍れ、牛神」
宗嗣だったものが嗤う。闇の中に見えざる影の刃が走り、藍璃を幾重にも切り刻む。生暖かい血が四肢を濡らした。誰かがやらねばならなかった。だが六六六人衆候補の力に一人で耐えるのは、無謀といえた。
宗嗣の行いに共感し、憧れた。彼の優しさが少しでも残っていればよかった。
解るようだ。血か流れる度、彼の心も一粒ずつ闇に零れ落ちていく。
「……ッ、その殺したいって衝動、よくわかるぜ……。俺も、俺の中の奴も同じで、いつも餓えてるからな……!」
口の中の血ごと、息を吸った。渾身の力で藍璃は叫ぶ。
「だがな、俺達の『業』は人を殺して快楽を得るためじゃねぇ、守る為の『業』だ!」
届け。少しでいい。響く言葉を持つ仲間が来るまで持てば、それで充分だ。赤の他人だから出来る事を。
そうすれば――少しは、彼に近づけるだろうか。
「緋金さんの声です」
銃を構え、フォルケが告げた。
「『すべての事象に白黒を』!」
同時に別働隊の黒々も解除コードを叫ぶ。無我夢中で路地を走った。零れる命を止める為。
一歩先に戦場へ着いたのは、衛達3人だった。
衝撃的な光景が広がっていた。血溜まりに倒れる藍璃。彼女を見下ろし、くっくっと嗤う黒衣の背。
「っと、早速修羅場だ。さって、長年のチームワークの良さを見せてやりま」
衛が言いきる前に、フォルケが敵の背に黒の弾丸を撃つ。その隙に狭霧はだっと駆け、宗嗣の前に回りこむ。振り下ろされた蒼の短刀を、二本のナイフはしかと受け止めた。
「……久しぶりね、叢雲君。しばらく見ないうちに随分とガラ悪くなったじゃない」
「狭霧……」
宗嗣は狭霧の顔を見ると、虚ろな蒼の瞳を少しだけ開いた。凄い力だ。押し負けそうになりながらも、狭霧は脚を踏ん張り食い下がる。
「お前が、したかったのは何だった! もう一度思い出せ!」
「今までその身を賭けて、一般人の命を守ってきたのは何の為です?」
衛とフォルケが相次ぎ呼びかけた。彼の信念。まずは、それを叩きつける。
「これが以前アンタが言ってた贖罪、ってヤツ? 笑わせないで、こんなの過去の過ちを単に繰り返してるだけだってわからないの?」
「くくっ……贖罪なんて、もうどうでもいいよ。俺はやりたい事をやる……」
「……いいわ、なら私らがその思いを全力で受け止めてあげようじゃない」
それも部長の務めよ。狭霧は凛と言い放ち、刃を退いた。先の交戦で破壊力を増した烏色の短槍の切っ先をあえて受けていく。
「これ位じゃ、死んでやらないわよ!」
再度斬りかかる狭霧を見て、衛がふっと笑む。
「ここのとこ2人と組むことも少なかったし、久しぶりに連携できっかね、と思ったんだが……」
わざわざ示し合わせる必要もなかったようだ。衛は宗嗣が逃げられぬよう己の立ち位置を計算し、2人の分まで確りと護りながら足元を狙撃する。程なくして反対側からも仲間が駆けつけ、在処とヴァイスが宗嗣の退路を断つべく取り囲む。
黒々と凪は藍璃を助け起こした。彼女は安心したように笑った。よく耐えた。これ以上戦わせてはいけないが、意識はしっかりしている。
宗嗣は、自分を囲む面々をぐるりと見回した。
「フォルケ、衛……ヴァイス。在処、凪」
かつての知人の姿を認め、ゆっくりと一人一人を下の名で呼ぶ。いつもは苗字だった筈だ。
ああ――ちゃんと名も知っていてくれたんだと、思う。鈍く胸が痛む。
こんな形で、聞きたくはなかった。
「……有難う」
宗嗣は刃を退くと、ニィと笑って礼を述べた。
「宗嗣くん」
凪が呟いた。
痛々しい腕の傷痕は、彼がずっと抵抗していた証だ。
待っていたのだろうか。今すぐ抱き締めて、おかえりと言ってあげたかった。
「よく、ここまで独りで頑張ったね」
「――雲母、どけ!」
宗嗣に歩みよろうとした凪を在処が突き飛ばした。頬に撥ねた血の熱さで凪は理解する。影の刃は、凪の身代りとして在処を切り裂いた。
宗嗣はまたも、くっくっと低く嗤う。
「わざわざ、刻まれに来てくれちゃって……有難う、って……言ったんだ」
その一言に皆が絶句する。
「違うだろ!!」
抑えられぬ胸の鼓動の正体がわからなかった。緊張。息切れ。そのいずれとも違う気がしたが、ヴァイスには正しくは判らなかった。
「……腕の傷は、人を殺す事を否定した証。人を殺す事に躊躇を抱く残忍な殺人者など、居ないっ」
「姫さん……」
彼女がこれほど感情的になるのは衛にも珍しく映った。彼女が深層に秘めたままの淡い恋情が、軽口も憚られるほど胸を刺す。想い人が死の淵にいるのだ。無理もない。赤の瞳を鋭く細め、在処は唇の血を拭う。
「おい。俺たちは間に合った。この考えは間違っているか?」
己に、皆に、そして彼に向けた静かな問いだ。
まだ間に合う筈だ。宗嗣は――藍璃を殺せなかった。
「いえ、先輩」
ねえ、宗嗣くん。
その有難うは受け取れないよと、凪は宗嗣を真っ直ぐ見る。
「宗嗣くんは、本当はとっても優しくてあたたかいひと……ちゃんと伝わってるよ」
「ああ。お前を殴り倒し、皆で帰る。あとは先輩に任せて、遠慮なくかかって来な」
ダイヤのスートが在処の胸に点り傷を消す。ヴァイスの魂がほんの少し、宗嗣に近づいた。友たちは各々に臨戦態勢に入る。在処の問いを否定する者など誰も居ない。
「……。一凶、披露仕る……」
舌打ちと共に言葉を零し、宗嗣は口を結ぶ。凪や狭霧の刃を両手の禍月と餓烏で捌きながらも、この場において唯一上手く思い出せぬ物が彼の目線を迷わせた。
その先には、今の彼に似せた服と髪色で宗嗣に扮した、あの鶴見岳での戦友――黒々の姿があった。
「叢雲さん、聞こえますか! ボクは無事に学園に戻れました! 叢雲さんのお蔭です」
それは、闇堕ちした時の姿を事前に見たごく僅かな者にしか出来ぬ事だ。今の宗嗣にとっては、本来の彼が命を賭し護った仲間など、一番早く記憶から消したい存在だろう。
「……人違いだね」
蒼の眸を細め、忌々しげに宗嗣は吐く。
――忘れられてたまるか。他の皆に比べれば短い付き合いかもしれない。けれど黒々にも宗嗣にも、此処に来ていない皆にも、あの戦いは時で計れぬ感情をもたらした。
「作戦も成功しました! 急襲による有益な情報も学園に持ち帰れました! 後は、あなたが学園に戻るだけです!」
ありったけの感謝と真実を絃で弾く音に乗せ、黒々は叫ぶ。
悪辣の宴。紫の口紅。屍王。赤い石。――7人の仲間。
何か思い出しかけた宗嗣の防御が一瞬、緩んだ。凪がすっと身を屈め、足元に滑り込み腱を斬る。ヴァイスの描く十字が精神を蝕む。次々連携攻撃を叩きこまれ、鬼の笑みが不快げに歪む。
「……抉り裂け……禍月!」
宗嗣はぎりと歯を結び、蒼の刃を高速で振り回す。2つの刃で受ける狭霧がじりじり押され、あわやと思われたその時、彼女はさっと身を沈める。刹那、漆黒の弾丸が宗嗣の胸を貫いた。
狭霧の動きは、フォルケの射線に引き摺りこむ為の罠だ。ダークネスの意思は罠にかかる程揺らぎ始めていた。
「戦いに出た者には、戦場から生還する責務があります」
この学園以前にも数々の戦場を歩んできたフォルケだから、伝えられる言葉がある。帰る筈の者が帰らぬという事が周りに何をもたらすかを、遠い遠い昔に知った彼女だから。
「それを理解してるから仲間を守ったはず、貴方にも帰還する義務があるんですよ?」
この、狂った戦場から、また一つ何かが喪われる前に。
「いいか、お前はこれからも俺らと一緒にやってく仲間なんだよ!」
友達だから。彼だってそう思ってくれていた筈ではないか。
フォルケを襲おうと地を蹴る宗嗣の足元に、衛の射撃が雨霰と降り注ぐ。割って入り攻撃を受けたのは在処だ。
奇縁だ。刃物の使い手同士、己とこの後輩には通ずるものがあった。彼の本気の刃がこの身を抉る日が来るとは思わなかったが、とことんやり合うのも悪くない。
「先輩の刃だ。受けてみろ」
語るなら刃で。それが、俺達のやり方だろう?
振り下ろされた大きなナイフを宗嗣は両手の武器で受け、材質の違和感に気づいたか僅かに顔を歪める。流石だ。その言葉と共に爆ぜたのは爆炎。ナイフに見せかけた杖、その名も『フェイク』の攻撃は、本物の宗嗣すら知らない隠し技だ。
「……!」
宗嗣は足を引き摺りながら吹き飛んだ武器の元へ走る。牛神の存在は忘れている風に見えた。在処に癒しの矢を放ち、黒々は宗嗣を模したマントを捨てた。本当の自分として礼を言う為。
「皆があなたの帰りを待っています! 今度はボク達があなたを助ける番です。本当のあなたに直接お礼を言わせてください!」
黒々の後ろに護られた藍璃も怪我を押して声を振り絞る。
「……皆、良い奴らだよな。お前はこのダチを守るために『業』を振るっていたはずだ……!」
宗嗣が忙しなく辺りを見回す。
嫌な笑みは消えていた。何か言いたそうに見えた。凪は刀とナイフをゆっくりと捨て、一歩一歩宗嗣に近づく。
宗嗣の姿が消える。凪の身体に正面から刺さる、蒼の刃。痛い。それでも凪は聖母のように暖かく彼を見つめ、ぎゅっと抱きしめた。
「……違う、俺は……そんな目で、」
「皆きっと宗嗣くんの事、好きなの」
私たちを、色んなひとを傷つけた事は気に病まなくていいの。
私も同じ。皆、色々なものを傷つけて成長していくんだよ。
それでも自分が赦せないなら、生きて償うの。
「ね、宗嗣くん……一緒に帰ろ?」
宗嗣くんが帰ってきたらいっぱい辛い物を用意するよ。
辛さ50倍カレー、あのビルに集まって皆で食べよう。
宗嗣の動きが止まる。この先は己の役に非ずと、凪はそっと身を退く。
刃が抜け、腹から零れた凪の血が宗嗣の掌を濡らす。宗嗣の背に回した凪の掌も濡れていた。
暖かい。生きている限り、人の血は暖かいままだ。
「さって。王子様は、姫様の愛で目覚めるって話だぜ?」
衛がとんとヴァイスの背を押す。彼女は驚いた顔で衛を見たが、やがて躊躇いがちに前に出た。
「……その。お前は私の同僚で、仲間であり――そして、大切に想っている存在だ」
この胸の高鳴りが何を意味するのかはわからない、でも。
「お前は決して、殺人に快楽を見出す化物じゃない……! 聞こえているか――聞こえているのか、叢雲ぉ!! お前の答えを見せろ!!」
単に催眠の効果だったのかもしれない。
宗嗣は最後の瞬間、その手の刃で己を斬った。
相棒とも呼べる武器は、使い手の想いに応える。叢雲宗嗣はかつてそう言った。
ヴァイスの影が刃となり、宗嗣を貫く。彼の身体から闇の気配が失せてゆく。ヴァイスは彼に駆け寄り、身体を支えた。
「すまない……オルブライト」
「バ、バカ――お前がいないと……わ、私が寂しいだろうが……」
ヴァイスは真っ赤になり、恥ずかしさと疲れでへなへな崩れ落ちる。宗嗣と一緒に。衛がにやにやと笑っている横で、狭霧がやれやれと溜息を吐く。
「全く、皆に心配かけてるんじゃないわよ。……お帰り、叢雲君」
「生還おめでとうございま~す、叢雲さん」
敬礼をするフォルケを見て、宗嗣は俯いた。
「皆……本当に迷惑をかけた。何と詫びたらいいのか分からない……」
「とんでもないですっ!」
しゃがみ込んだ黒々の姿に、宗嗣は目を丸くした。
ボクがこうして生きている事が、あなたが何も気に病む事がない何よりの証と彼は言う。沢山、話したい事があるのだ。本当のあなたが何をしたのか。
「ありがとう叢雲さん。そしてお帰りなさい!」
ん――ただいま。
今度は彼は、確りと返事をした。
「さて、サルベージ完了だな。帰るか。缶コーヒーくらいなら奢ってやるぜ?」
「わぁ、さすが先輩です。じゃあお言葉に甘えましょうか、皆さんっ」
「おい待て雲母、俺は叢雲に言ったんだよ!」
負傷した者達を気遣い、長い話をしながら9人は帰路へつく。
遠くを見るように細められた宗嗣の眸には、いつもの深く暖かな闇色が帰ってきていた。
作者:日暮ひかり |
重傷:なし 死亡:なし 闇堕ち:なし |
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種類:
![]() 公開:2013年2月23日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 6/感動した 16/素敵だった 14/キャラが大事にされていた 9
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