マッチョ・レディの誘惑~或いは筋肉美の逆襲~

    作者:宝来石火


     一昔前の流行歌をアレンジしたインストゥルメンタルが静かに流れる中、幾つものトレーニング機器が負荷に軋み、むせ返るような逞しい金属音を響かせる。
     スポーツジムは今夜も盛況だった。体を鍛える者。運動を楽しむ者。健康維持に努める者。目的は様々なれど、誰もが皆、体を動かすためにこの場に来ている。
    「9……くっ……10……っ!」
     ガシャン、と音を立て、一人の男がバタフライマシンから立ち上がった。玉と浮かんだ汗をタオルで拭き取りながら、姿見の前に立つ。
     男は、体を鍛える者だった。より正しく言えば、筋肉を鍛える者。それも、魅せる筋肉だ。
    「アナタ。いい僧帽筋をしてるわねぇ」
     突然、男は背後から声をかけられた。一番自信のある部位を的確に賛美する声に思わず振り返ると、そこには一人の女の姿。
     先程まで見ていた鏡に、彼女の姿は映っていただろうか? 一瞬浮かんだそんな疑問はあえなく吹き飛び、男の視線は彼女の肢体に釘付けとなっていた。
     美しい姿だった。
     赤いビキニに身を包んだ彼女の体は、油を塗ったように美しい光沢を放っている。余分な脂肪の見受けられない、その美しさときたらどうだ。力を込めずとも分かる、その上腕二頭筋の逞しさ。輝かんばかりのシックスパック。脚の先まで卒なく鍛え上げられた見事なバランス……!
    「それにその大殿筋……凄く、キレてる……!」
    「あっ」
     気が付けば、彼女の顔は男の頭のすぐ横にあった。長く美しい黒髪が男の肩へとかかる。万人が美しいと認めるであろう美貌の唇が、男の耳元に息を吹きかけ、その指先が男の尻を撫で擦る。
    「ぼ、ぼぼぼ、ぼかぁ……!」
    「あら? 固くなってるわよ……うふふ……♪」
     全身の筋肉を硬直させた男の体に、女はその逞しい腕をそっと回した。


    「やぁ、みんな明けましておめでとう……あぁ、寒い。冬休みが夏休みより短いのは納得がいかないと思わないかい?」
     教室に集まった灼滅者達の前に立ち、鳥・想心(心静かなエクスブレイン・dn0163)は頭から毛布を被って大真面目な顔でかねてよりの疑問を呈した。
    「まぁ、その話は後だ……明けて早々だけど、皆には淫魔と戦ってもらいたい。
     ――あぁ、政治を気にする必要はないよ。相手は、特にどこの派閥のダークネスでもない」
     敵の淫魔の名はマナミという。女の淫魔であり、とあるジムをテリトリーにして、そこを利用する男たちを次々と己のハーレムに取り込んでいるという。
    「彼女の好みは、いわゆるマッチョだ。それも、細マッチョなんて軟弱と言って憚らない、筋肉原理主義者だね」
     そして、彼女自身も非常にキレてるマッチョだ。「女性 ボディビル」辺りで検索すればおおよそのイメージは掴めるだろう、そんな感じの美女である。
    「君達の筋肉に自信があるのなら、彼女を誘惑してみせるのもいいだろう、上手く行けば虚をつけるかもしれない。
     だが、半端な筋肉を自慢するようなことをすれば、逆に彼女の【怒り】を買う……それを、戦術とするのも手だろうけど」
     その辺りについては灼滅者のやりやすいようにしてくれて構わない、と想心は言う。
    「マナミのバベルの鎖をすり抜ける、襲撃タイミング。それさえ守ってくれれば、細かいことは言わないよ。
     ――お昼前、ジムの利用者が定年後の老人になるタイミングで、外の空気を吸いに彼女が一人で表の駐車場に出てくる。そこを、狙うんだ」
     利用者の多くない時間帯ではあるが、日中である。一般人も通りがからないとは限らない。一応の対策は講じておいたほうが無難だろう。
    「彼女の得意とする技は――まずその豪腕を使ったマッチョラリアート。近くの敵をまとめてなぎ払う強烈な一撃だ。
     また、筋肉極楽絞りと称するベアハッグを食らってしまえば、以後強烈なプレッシャーを覚えることは間違いない。
     そして彼女のダブルバイセップスは、自らを癒すことも、見た者に精神的敗北感を与えることもできる、攻防一体の技であるらしい」
     技については以上の三種。
     また、典型的淫魔な性格面はともかく、戦闘要員としての彼女は目立って突出した能力もなければ大きな穴もない、無難な能力の持ち主である、と言えるようだ。
    「……筋肉量が多ければ、寒さには強くなるらしいよ。寒いのが苦手なら、鍛えてみるのも一興かもしれないね」
     私はごめんだけど、と呟いて、想心は毛布を被り直した。


    参加者
    脇坂・朱里(胡蝶の館の女主人・d00235)
    エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)
    八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)
    叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)
    フレナディア・ヘブンズハート(煉獄の舞姫・d03883)
    神凪・燐(伊邪那美・d06868)
    ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)
    鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)

    ■リプレイ


     エステル・アスピヴァーラ(おふとんつむり・d00821)はおふとんを抱えて丸くなっていた。
     ――おふとん、というのは、彼女の霊犬の名である。
     寒風すさぶ一月の冬空の下。
     灼滅者達が集まっていた駐車場は広々としていて、日当たりはいいが、風除けもない。
    「むきゅ……早く倒して帰りたいの……」
    「もう少しで出てくると思いますよっ」
     柔らかな笑顔と声で、鳳翔・音々(小悪魔天使・d21655)がエステルを気遣った。
     彼らの居る駐車場は、閑散としている。
     複数人で展開した殺界形成が、周囲一体から一般人を閉めだしているのだ。
    「――来たよッ!」
     叢雲・こぶし(怪傑レッドベレー・d03613)が、銀の髪を翼のように波打たせながら、どこからともなく駐車場の中央へと降り立った。念には念を、周囲の建物の陰にまで気を配りながら殺界形成を行っていた彼女が戻ってきた理由を、他の灼滅者達が気づかなかったわけもない。
     その理由――シルエットだけでもうそれと分かる、逞しい筋肉を盛り上げた淫魔マナミは、八人の灼滅者達の視線を一身に浴びながら、殺気の中を悠々と向かって来ていた。


    「……今日は特別、ジムが空いてるとは思ったのよねぇ」
     際どいラインの赤いビキニに筋肉の鎧のみを纏った姿で、マナミはそう独りごちる。
    「まあ、無駄に良く付いた筋肉ですこと。動き辛くないですか?」
     眼鏡の奥の瞳を冷たく光らせ、神凪・燐(伊邪那美・d06868)は吐き捨てるように言い放った。
     隠そうともしない嫌悪感に、しかし、マナミは不快になった様子もない。
    「真の筋肉美の前には、運動性の方から傅いてくるものなのよ。
     ……アナタのように、『実戦的に絞った』軟弱な筋肉に拘らなくてもね?」
    「――服の上から、一目で見抜きますか」
     燐は小さく嘆息した。一見すると細身で華奢な彼女だが、幼い頃からの鍛錬の結果、実は引き締まった筋肉質ないい体の持ち主だ。
     そんな彼女だから、マッチョなマナミの身体それ自体に異議もない。
     しかし、だからこそ。その筋肉を暴力へと用いることについて嫌悪感を抱いていたことは紛れも無い本心だ。
     マナミは歩を止めない。
     歩くたびに、肩の筋肉が大きく上下し、太腿の筋肉には太い血管が浮き出る。
     逞しすぎるその体の上に乗った万人を魅了する美貌という取り合わせ――これが真の筋肉美というものなのか。
    「……ちょっと、理解は難しい世界ですね」
     どうにも共感しかねると、脇坂・朱里(胡蝶の館の女主人・d00235)は思わずポツリと呟いた。マナミの身体に合う着物を仕立てるにはどれほどの反物を使うかしら、何て益体もないことを考えてしまう。
    「でも、確かにかっこいい筋肉、ですよねっ」
     一方で、一応の共感の姿勢を示した音々に対して、マナミはにこり笑いかける。
    「あら、わかってるじゃない坊や。アナタも将来はビルダー志望ね?」
    「えっ」
     言われて、思わず想像してしまったビルダー体型の自分の姿――音々は無言で後ずさった。
     そこに助け舟を、というわけでもないが、ローゼマリー・ランケ(ヴァイスティガー・d15114)が一歩進み出て挑発の言葉を投げ掛ける。
    「……淫魔って、モット柔らかそうなイメージだったんデスガネ」
    「まぁ、アナタが言うの、それ?」
     笑って受け流すマナミの姿に、やはり、とローゼマリーは思う。
     彼女は自分の肉体と美意識に絶対の自信を持っている。その点を揶揄する類の挑発は、まるで効き目がない。
    「あら、一口に淫魔って言っても、アタシみたいな正統派だけじゃないのよ?」
    「ナチュラルに淫魔視点!?」
     楽しげに言うフレナディア・ヘブンズハート(煉獄の舞姫・d03883)に、ぎょっと突っ込むこぶしである。
    「ま、それはさておき」
     言って、八嶋・源一郎(颶風扇・d03269)がマナミの眼前に歩み出た。既に灼滅者達の手前に迫っていたマナミの足が、ようやく止まる。
    「……儂程の筋肉であれば、お主も満足するじゃろ?」
     言って、源一郎はおもむろに諸肌を脱いだ。
     雰囲気からは想像もつかない鍛え抜かれたその肉体。ビルダー体型とは呼べないが、その筋肉は大きく分厚く、決して細マッチョなどという枠に収まるレベルではない。
    「……」
     にやりと笑って見せる源一郎の身体を冷たく見下ろすマナミ。少しの沈黙の後、感情のこもらない声が彼女の口から紡がれた。
    「アナタと……そちらの金髪の彼女が、それなりに筋肉を育てていることは、認めてあげてもいいわ」
     言葉と視線を向けられて、ニコリと笑ってポーズを決めるローゼマリー。ヘビー級レスラーな彼女の体型も、一般的な感覚で言えば十分にマッチョと呼べるだろうが。
    「でも……その程度で満足する美意識の持ち主だと思われたのは――この上ない侮辱だわっ!!」
     マナミの喉と全身の筋肉が吠え、猛り、唸りを上げて灼滅者達に襲いかかった。


     腕周り1mはあろうかという豪腕を両腕共に振り上げて、マナミは灼滅者達の只中を恐るべきスピードで駆け抜けた。

     ――ドムッ! ドムッ! ブォァ!!

    「むっ――ガハッ!」
     肉が肉を打ち、風が荒ぶ音が響く。
     前衛を一度に薙ぎ払った、その一撃。中でも、最前面に立っていた源一郎はまともに防御の姿勢を取ることもできず、思い切りふっ飛ばされた。
    「――成程、その筋肉に違わぬ威力、じゃの……!」
     ふらりと立ち上がる源一郎の身体には、腕の形に大きな痣が浮かんでいる。
     マッチョラリアート――己の最も叩きつけやすい筋肉を全力で叩きつけるだけのそれは。
    「技というより……ただの力任せ、ですね……」
     朱里は、素直に抱いた感想を口にする。
    「中々、デスネ」
     一方、ローゼマリーはビハインドであるベルトーシカ共々、ラリアートを受けた胸を張って、あえて平然と佇んでみせていた。実戦的な筋肉を敢えて誇示する心算だ。
     ……しかし、この一撃を前にして誰より闘志を燃やしていたのは、彼らの内の誰でもない。
    「――おふとん……」
     ゆらり、と立ち上がったのはエステルだった。彼女の抱える胸の中には、ダメージを負った霊犬が一匹。
     霊犬おふとんがエステルの前に飛び出し、彼女の身を庇ったのだ。
    「もう、前置き抜きで、早く倒すの~……」
    「ウッ……!」
     彼女の気迫が立ち上り、形となって目に見える――否、それはヴァンパイアミストが生み出す霧。
    「太陽が出てるからって……ダンピールなめるにゃ~っ」
     霧によっておふとんを含む仲間達の傷が回復する――と同時に、攻撃への躊躇いが失われていくのを感じる。
    「その意気だ! 筋肉がいくら凄くても、僕達の健全な肉体に宿る黄金の精神には勝てないッ!」
     鶴の一鳴きのように高く鋭い声が響く。ぶぉぅ、と一陣の風が音を立て、灼滅者達の間を吹き抜ける。
     こぶしの吹かせた清めの風が、霧に続けて皆の傷を優しく癒やしたのだ。
    「健全な程度の肉体など……美しい筋肉美の前には、比べ物にもならないっ!」
    「試してみますか?」
    「ッ!」
     嘯くマナミの死角から、音もなく燐が飛びかかった。その腕は、先ほどマナミに軟弱と断じられた細く絞ったそれでは既にない。
     鬼神変によってマナミを超える豪腕と化したその拳が、マナミのボディに横合いから深くめり込む!

     ――ドッ!

     丸太のような豪腕に脇腹の急所を的確に射抜かれ、マナミは大きく飛び退った。
    「――そんな、邪道の、筋肉ッ!」
    「デハ、王道のストロングスタイルもお見せシマショウ」
     ラリアートの一撃からいち早く回復したローゼマリーが、続けざまにマナミへと追い縋る。
    「ダァッ!」
     ローゼマリーの身体が、気合とともにスピンする。裏拳一閃――それも、グローブ型の殲術道具によるシールドバッシュとの合わせ技だ。
     灼滅者達の連携は止まらない。
    「……今ですよっ!」
     後方からそう叫んだ音々の右腕もまた、本来の彼のものとは大きく趣が変わっている。
     マテリアルロッドを腕に取り込み、巨大なデモノイド兵器と化した音々の右腕は、その歪な手に握った妖の槍から妖冷弾を撃ち出した。
     同時。
    「失礼♪」
     愛用の解体ナイフ、イグナ・グルカを逆手に構えたフレナディアが、マナミに向かって文字通り躍りかかる。
     情熱的で淫靡な舞を思わせる動きで飛びかかる、その刃に赤い炎が眩く。
     レーヴァテインの一撃がマナミの身体に焼いたのは、音々の妖冷弾が着弾した、正にその瞬間だった。
    「ぐぅ……!」
     炎と氷、相反する熱の攻撃を同時に受けて、マナミの筋肉がピクピクと大きく震える。
    「バリバリで素敵な体付き……ふふっ、男相手だったら、色々してあげたのに♪」
    「ふん……アナタは、もっと筋肉を付けなさいな」
    「あの、マナミさんの方が淫魔で、いいんだよね……?」
     フレナディアとマナミのやりとりを見て、こぶしは思わず呟いた。
    「……やはり、女性的な柔らかい曲線美が望ましいとは思いませんか?」
     挑発半分、純粋な興味半分でそう尋ねたのは朱里である。
    「思わないし、思えないわね。筋肉美こそが、美の真理よ」
     が、そう言い切られては、どうしようもない。
    「共感はしかねますが――そういう世界も、あるのでしょう」
     割りきって、朱里は傘を手にした。

     ――キンッ。

    「――ッ!」

     瞬間、一閃。
     破邪の白光がマナミの身体を縦に断つ。
     鍛えぬいたクルセイドソードを仕込んだ、仕込み傘。名を『狷介孤高』という。
    「儂は、分からんでもないがの」
     飄々と構えたのは源一郎である。立つのはマナミの真正面。
    「弛まぬ研鑽によって生み出された筋肉はもはや芸術――されど、それも正しく使ってこそ」
     拳を握り、源一郎は山吹色の闘気を放った。そのオーラの名は、金剛不壊。
    「その身で我が剛腕、受けきれるかのっ!」
     閃光百裂拳――無数の剛腕のその全段が、正しくマナミの全身へと撃ち込まれる。鍛えぬかれた身体と技によるその連撃はダークネスを相手としても致命傷になり得るほどに完璧に決まった――が。
    「私の筋肉は……もっと激しい負荷を受けて育っているのよ!」
     マナミはその全てを、鍛え上げた筋肉のみで受け止めた。
     ダメージは無論ある。しかし、己の筋肉への挑戦を宣言されて無様を晒すわけにはいかない。
    「今度は……私の番よっ!」
    「むぅっ!?」
     マナミの両腕がガバリと源一郎の胴に回され、その身を万力のように締め上げる。
    「ぐっ……筋肉極楽絞りとは、よく言ったもの……正しく、極楽が見えそうだの……!」
    「痛みから? それとも、私の筋肉美に魅了されて?」
    「……一応、両方と言っておくかの……」
     そう言ってにやりと笑い合う両雄……だが。
    「うー……筋肉と筋肉がぐっちょぐちょなの……」
    「エステルちゃん、前も筋肉な依頼受けてダメだったのに、無理しなくても……アタシはこういうの、嫌いじゃないけど」
    「二人とも、かっこいいですねっ……ですよね?」
    「えっとその……回復は僕に任せて、ファイト! 黄金の精神はくじけないっ!」
    「ベアハッグには首へのチョップで対抗デスヨ!」
     傍から見れば何というか、色々とリアクションの取りづらい状況であることは間違いない。
    「下手に攻撃すると巻き込んでしまいます――迂闊に手は出せませんね」
     今、この場で一番冷静であったのは燐だが、その彼女がそういう判断を下したのだから、この状況はもう暫く続くのだろう。
    「……ダメージ以外にも、色々と遠慮したい技です」
     そう言って傘をばさりと広げ、己の視界を覆い隠す朱里であった。


     ――かくして、一進一退の攻防が繰り広げられていた戦いも、いよいよ決着の時を迎えつつあった。
    「ひれ伏しなさい、この筋肉美を前にッ!」
     後衛に陣取る音々とこぶしに向かって、マナミは自慢のダブルバイセップスを魅せつける。が。
    「その硬そ~な体を縛り上げてやるです。
     痛がっても知らないのですよぉ♪」
     隙を逃さず、エステルの影がマナミの身体をきつく縛り上げていく。
     一方、マナミが敢えて隙を晒してまでも倒したかった後衛の面々は、大したダメージもなく立ち上がっている。
    「私の筋肉のキレが――落ちてるっ!?」
    「ふふっ、アタシのダンスは楽しんで貰えてる?」
     フレナディアは咎人の大鎌をバトンのように回してみせた。彼女の放っていたブラックウェイブが、マナミからダークネスとしての武器を少しずつ奪っていたのだ。
    「私の、筋肉が……」
    「……ダスエンデ、デス!」
    「ッ!」
     一瞬我を失っていたマナミのバックを取ったローゼマリーが、彼女の胴に腕を回した。デカすぎる身体に腕が回りきらない代わりに、キレキレのシックスパックに指を掛ける。
    「っ……ダァーッ!!」

     ――ズガァン!

     気合一閃、地獄投げ。
     美しい弧を描いて放たれたジャーマンスープレックスは、完璧なブリッジでマナミの巨体をアスファルトに叩きつけた。
     ホールドは、外れない。
    「筋肉美が……負ける……?」
     朦朧とするマナミの眼前には、燐が立つ。
     その鍛えられ、絞られた細腕には、黒鉄の輝きを放つ刃が一振り、握られていた。
    「筋肉を暴力に使うのは、冥界でどうぞ。
     では……祓わせて貰います!!」
     横一閃。振るわれた刃は刹那の間にマナミの霊魂を斬り裂いた。
     神霊剣――その技でマナミを滅したのは、燐なりの彼女の肉体への敬意の表れであったのかどうか――当人以外は知る由もないことである。


     ローゼマリーがホールドを解く。
     ずんっ、と重い音を立てて倒れたマナミは、まだ僅かにだが意識があった。
    「お主が悪さをしておったのでなければ、或いは……」
     源一郎の言葉に、マナミはただ自嘲染みた笑みを浮かべだけだ。
     返事はせずに、マナミは僅かに首を傾けた。視線の先に居るのは、音々。
    「坊や……ビルダーを目指すなら、今日からでも体を鍛えなさい」
    「えっ……う、うん?」
     どうやらマナミの中ではビルダーに憧れている設定だったらしい音々は、何とも曖昧な返事を返すしか無い。
     続けてマナミが視線を向けたのは、朱里だ。
    「私の筋肉美を理解できない――そんな人間が、一人くらい居てもいいのかもね?」
    「そう、ですか……?」
     私だけではないと思いますけど、と思っても、口に出すのが憚られる空気である。
     もう言い残すことはなかったのか、瞼を閉じたマナミの身体が足先からゆっくりと灰になっていく。
     慌てて声を上げたのは、こぶしだった。
    「待って! マナミさん、ハーレムに取り込んだ男の人達は、どこに!?」
    「……心配することはないわ。私が戻らなければ、男達は自然と正気を取り戻す――」
     一拍の間を置いて、マナミは謳うように言った。
    「どんな愛も美も、筋肉と同じ……慈しみ、育て、労り続けなければ……いずれは痩せ細っていくだけなのよ……」
    「……えっと、そうですねッ?」
     何やら含蓄深そうな言葉を最後に、マナミの身体は灰となって一月の冬空の下へと消えていった。

    作者:宝来石火 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年1月24日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
    得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 9
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