黒いヤギ、白いヤギ

    作者:一ノ瀬晶水

     せっかく博多に来たのだから、と片月・糸瀬(神話崩落・d03500)は明太子を置いている店に入った。
     いい機会だし、名物を買って帰りたいよな。
     そう考えて、ついでだからと絵葉書も手に取った。
     すぐそばにいる、三人組の中年女性も絵葉書を賑やかに物色している。その会話が聞くともなく聞こえてきた。
    「……うちの近くにあるポスト、怖い噂があるんよ」
     関西訛りで旅行者とわかる。穏やかならぬフレーズに、行儀が悪いと思いつつ、思わず耳をそばだてた。
     連れの女性たちは興味ありげに話し手をうながす。これ幸いと糸瀬は 絵葉書を選ぶふりをして、彼女たちの話に聞き耳を立てた。
     その女性が住む地方都市の高級住宅街。その一角に、その屋敷はあった。
     いくつか植えられた庭木は枝が伸び放題。それが外に出ることを阻んでいる高い塀は、ところどころ塗装が剥げ落ちている。
     その塀にへばりつくように古い赤い郵便ポストが立っていた。
     昔、その屋敷は美しく手入れされ、少女と両親が住んでいた。
     両親は彼女を溺愛していて、欲しがるものはなんでも与えた。それでも彼女はわがまま娘ではなく、動物好きの優しい女の子に育っていた。
     だから、中学校の入学祝にヤギが飼いたいと言った時も、両親はためらいなく買い与えた。黒と白、二匹いるとかわいいでしょ? と少女が望むままに。
     広い屋敷の広い庭は、二匹のヤギが住むのに充分だった。
     今は少女もヤギもいない。
     彼女は屋敷の前、古い郵便ポストのそばで事故に巻き込まれた。その手には、出そうとしていたのか彼女自身が書いた手紙が握られていたという。
     両親の嘆きは深かった。娘が命を落とした場所にはいたくなかったのか、いつの間にか彼らも姿を消した。小屋に、少女が愛したヤギをそのままにして。
     今はそこの郵便ポストに近寄る人間もあまりいない。
     ごくたまに誰かが廃屋のそばのポストで手紙を出そうとすると、白と黒のヤギが現れて手紙を奪って食べてしまう。そのあと、手紙を持った人間をも襲うのは、少女を轢いたのが郵便物回収車で、飼われていたヤギは手紙を持つ人間を憎んでいるからだというまことしやかな都市伝説が囁かれているだけ。

    「事故を起こしたのが本当に郵便物回収車かどうか、真偽のほどはわからないらしいが、ご両親とヤギにとっては、あのポストさえなければという思いだったのかもな。……あるいは、あのポストに手紙を入れる人間がいなければとでも思ったのか。逆恨みに近いが」
     糸瀬は話し終わると五十嵐・姫子(高校生エクスブレイン・dn0001)をうながすように見た。
    「女の子もご両親も二匹のヤギも、かわいそうですわ……」
     姫子は切ないため息をついた。
    「女の子はご両親に、ヤギは女の子に愛されて……幸せな家庭でしたのに……」
     震える声で言うと、祈るように胸に拳を当てた。
    「でも、だからと言って人を恨みに思って襲うなどと、許されません。皆さんには、このヤギたちを退治していただきます」
     姫子は気を取り直したように、資料に視線を落とした。
     場所はある地方の高級住宅街。駅から歩くには不便なので、特に夜はほとんど人通りはない。高級住宅街らしく、道も整備されていて広い。
     灯りはあまり多くなく、夜半過ぎると民家も照明を消してしまう。だが、ところどころに街頭があるので戦闘に不自由するほどではなさそうだ、と姫子は言った。
    「都市伝説のヤギは黒ヤギと白ヤギの二匹ですわ。黒ヤギさんははクラッシャー、白ヤギさんはメディック、ということです」
     黒ヤギはツノに敵を引っ掛けて投げ飛ばす、地獄投げと似た攻撃をする。そのほかに、影を自由に操り、斬影刃、影喰らいのサイキックを扱う。
     メディックの白ヤギはツノを振るって起こした風で、仲間を癒す。セイクリッドウインドと同じ効果だ。また、そのツノでクルセイドスラッシュと同じように敵を攻撃することもある。
    「攻撃と治癒を持つやっかいな敵です。でも幸いと申しますか、後衛の白ヤギはかなり体力が低くダメージ攻撃が効きやすいようですわ。でも黒ヤギはかなり凶暴なようですので、油断は大敵です」
     姫子は潤んだ瞳で皆の顔を見渡した。
    「少女が亡くなったのはつらい出来事ですが、都市伝説をそのままにしていると、いつまでも悲しい噂が残ってしまいます」
    「いくらかわいそうだからって、縁もゆかりもない一般人を襲うなんてのは許されねえよな」
     糸瀬の言葉に姫子はうなずいた。
    「相手は少し強敵かもしれません。でも、あなた方の力をもって、哀しみを断ち切ってください。そしてどうかご無事でまたここに戻って来てくださいませね。お願いいたします……」
     姫子はふたたび、祈るように両手を胸に押し当てた。


    参加者
    オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)
    小谷・リン(小さな凶星・d04621)
    天乃・桐(カルタグラ・d08748)
    大鳥居・内蔵助(恋の探求者・d10727)
    登丸・楽弍(一日一善・d15936)
    御印・裏ツ花(望郷・d16914)
    三和・悠仁(モルディギアンの残り火・d17133)
    黒絶・望(黒白の死神・d25986)

    ■リプレイ

    ●夜のポスト
    「とても愛されていたんですね、そのヤギさんたちは」
     端正に執事服を着こなした天乃・桐(カルタグラ・d08748)が呟いた。
     灼滅者一行は、ある地方の高級住宅街にいた。中空に居待月が、夜空を切り取るように浮かんでいる。
     朽ちかけた屋敷の手入れがされていない庭木の影が不気味で、いかにもなにか出そうな雰囲気だ。
     彼らは街灯にも月にも照らされない、暗がりに身を潜めていた。そこから、問題の郵便ポストが屋敷に寄り添うように立っているのか見えている。
    「でも、きっとその女の子もこんな悲しいこと望んでないと思いますよ」
     坊主頭の巨体を月光に浮かび上がらせ、登丸・楽弍(一日一善・d15936)は言葉を継ぐ。
    「それほどまで思われていたご主人様は、素敵な方だったのでしょう。たとえ、それが人でなかろうとも」
     御印・裏ツ花(望郷・d16914)はこれから対峙する相手に思いを馳せる。
    「きっと生きとったら綺麗に咲いたんやろなあ」
     大鳥居・内蔵助(恋の探求者・d10727)も相槌を打った。
    「じゃあ、行ってきますね」
     囮の手紙を手に、桐は一人物陰を抜け出してポストへ向かった。それと同時に、小谷・リン(小さな凶星・d04621)が音を遮る存在しない壁を、楽弍は人が寄りつかない結界を張る。
     仲間たちが見守る中、桐は手紙を投函しようとする。彼の手から封書が離れようとする直前、
     メェ……。
     とヤギの鳴き声が聞こえた。灼滅者たちの耳には恨みがましく聞こえるのは気のせいだろうか。
     ――来た!
    「よっしゃ、行くでえ!」
     真っ先に飛び出した内蔵助、仲間たちもそれに続く。瞬時にヤギの前に散開した。
    「お手紙は心を伝えるものなの。いくら悲しいことがあっても、食べてはダメよ」
    「人に害を為すものとして留まってほしいなどと、あなたたちの大切な人は思わないでしょう」
     オデット・ロレーヌ(スワンブレイク・d02232)と裏ツ花は闇に浮かび上がる二匹のヤギに諭すように声をかけた。それがヤギたちに通じた様子はない。
     楽弍は、しゃらん、と手の錫杖を軽く地面に打ちつけた。
    「さあ、行きますか!」

    ●黒ヤギと白ヤギ
     オデットは禍々しさ漂う槍を握り締めた。なびく髪に金の色を反射させながら、黒ヤギへ穂先を捻じ込む。妖の槍に籠る怨念が、彼女に破壊の力をもたらした。
    「事故で突然の死。しかも自分の死後、大事にしていたペットが人の噂の中で捩じ曲げられているなんて……。早く、消してあげましょう」
     言うな否や、三和・悠仁(モルディギアンの残り火・d17133)は闇より濃い弾丸を自分の身より打ち出した。それは的確に白ヤギを貫き、悲しい悲鳴を上げさせる。
     手に嵌めた指輪から、魔法弾を黒ヤギへ放つ。その弾丸とともに裏ツ花は告げる。
    「手加減はいたしません。半端では、あなたたちを送り返せない」
     リンの影が見る間に巨大化し、白ヤギを包んでしまう。
    「死んだ、なんて、信じたくは、ない、ものだよな……わたしも、兄上、との、思い出がある、場所は、まだ、行くことができない……」
     彼女の離れがたい『兄』――ビハインドの放った霊障波もそれに同調する。
     そこへ容赦なく桐の影が刃となって襲い掛かった。白いヤギの毛が闇の中で舞い踊る。
     桐はほくそ笑んだ。手ごたえはあった!
     白ヤギの血に興奮したのか、黒ヤギの眼が殺気をはらんだ。影が長く伸びて、鋭く尖る。その切っ先がリンの体を突き刺した。
     白ヤギも同じくリンへその角を向ける。その角に光を宿し、斬りかかった。体を守る鎧が裂け、リンの白い肌と鮮血のコントラストが月の光に浮かび上がる。
    「リンさん、大丈夫っすか」
     後方から楽弍の声とともに、光輪が彼女を包む。リンの傷がふさがってなお、その光は彼女を護るように浮かんでいた。
    「しもたなあ。斬影刃を活性化してたらもっとよかってんけどなあ」
     内蔵助は後悔を呟きながら、手に持つ大鎌から無数の刃を生み出した。刃はきらきらと街灯の光を反射しながら、白ヤギへ襲い掛かる。
    「大切な人を失った絶望、痛いほど分かります……私もかつては同じでしたから……本当は救ってあげたいけれど、これ以上同じ悲しい思いをする人たちが増えないように、ここで終わらせましょう」
     そう言いながら、黒絶・望(黒白の死神・d25986)は目隠しのリボンを外した。露わになった赤い瞳で真っ直ぐに敵を見据える。長く伸びた彼の影が、白ヤギを飲み込む。
     ヤギは甲高く鳴く。そしてなにかを振り払うように身もだえし始めた。
     オデットのつららが、悠仁の影が、桐の闘気の弾が白ヤギを襲う。
     灼滅者たちは畳み込むように戦いの手を緩めない。しかし、すぐに倒れると思っていた白ヤギは、傷つきながらも黒ヤギを癒し、灼滅者に角を向けていた。
     リンが白ヤギを見つめ、影を伸ばした。白ヤギはそんな彼女とビハインドを見るや、巧みに攻撃を避けてしまう。
    「斬影刃を……持ってくればよかったな……」
     裏ツ花のバベルブレイカーが黒ヤギに深々と巨大な杭を打ち込む。
     内蔵助がギターの響きが桐の毒を浄化し、桐と楽弍のオーラの砲丸が白ヤギに襲いかかった。
     狂った黒ヤギは己の影を広げ始めた。
    「リンさん! 危ない!」
     すんでのところで桐がリンを突き飛ばした。彼女の代わりに桐が黒ヤギの影に捕われる。
    「桐!」
     すぐそばのオデットが思わず手を差し伸べた。その手をつかみ立ち上がりながら、桐は微笑を浮かべる。
    「大丈夫です。ありがとう……!」
     白ヤギが角を振り立てて起こした風が、ヤギ自身の傷を癒し、体内の毒を消滅させてしまった。
     望は石化の呪いを白ヤギへ掛ける。
    「……あまり手傷は負わせられないか……やはりデッドブラスターを持ってくるべきだった……」
     思ったより痛手を与えられず、灼滅者たちの間に動揺が走る。
     裏ツ花は黒ヤギを牽制し、他の者は白ヤギに戦いを挑む。内蔵助が浄化し、楽弍が癒した。
     ようやく、白ヤギが斃れた時は、全員息が上がっていた。疲労の色が濃い。
     それでも敵が一体減ったことで、彼らは自らの闘志を駆り立てる。

    ●黒ヤギ
     灼滅者たちは残った黒ヤギを追い詰めるように囲んだ。
     オデットと悠仁のマテリアルロッドの魔力が黒ヤギに炸裂する。裏ツ花の繰り出す巨大な杭が黒ヤギに捻じ込まれ、リンの凶悪なナイフが死角から肉ごと黒ヤギの毛皮を削ぐ。
    「……美味しそうだな、やぎ……確か、食えるんだっけ……?」
     リンが暴れる黒ヤギを見て、咽喉を鳴らした。その隣で彼女の『兄上』は霊撃を叩き込む。そこへ桐のロケットハンマーが追撃した。
     黒ヤギは影を刃に変えたが、それは虚しく空を切るのみ。
     楽弍のマテリアルロッドから激しい雷がぶつかり、内蔵助の鋭い刃が腱を断ち切った。
    「動きを鈍らせることができればいいのだが」
     と望は石化の呪いを黒ヤギへと浴びせた。
     灼滅者たちの全力の攻撃に、黒ヤギはひるんだ様子を見せた。もう傷を癒す仲間はいない。
     オデットがアイコンタクトをリンに送りながら、妖の槍の穂先をらせん状に黒ヤギの体に捻じ込む。それを受けたリンも鋼糸で黒ヤギを捕縛し、『兄上』は毒を送り込んで援護する。
    「私ね、言葉って心を届けるすごく大切なものだと思うの。お手紙は、直接は会えない、遠くの人にまで伝えることができるのよ。途中で食べちゃうなんて許さないわ」
     オデットは再度、ヤギに語りかけた。
     悠仁はどこか悲しげに呟きながら、影を操る。
    「灼滅者は事故くらいじゃ死なねえし、死ねねえ。が、死に関わる機会は多い。……死生観、いつか狂うんじゃねぇかな……」
     裏ツ花は契約の指輪から魔力の弾丸を繰り出した。宣言通り、容赦のない負傷を敵に与えていた。
     すでに黒ヤギの動きは鈍く、殺気は暗く光る瞳にしか現れていなかった。
    「もうひと息、ですかね。頑張りましょう!」
     楽弍の声が錫杖の音とともに気合いの声をかけた。
     桐は『シックス・センス』と名付けられた大振りのナイフを構え直した。黒ヤギの後ろに素早く回り込み、皮と肉を切り裂く。
     黒ヤギは悲痛な声を上げた。麻痺や捕縛でがんじがらめ、動くこともできない。
     気魄の力を砲弾に変え、楽弍は都市伝説に叩きつける。虚空から内蔵助が召喚した無数の刃も降り注いだ。
     ――メェ……。
     傷だらけの黒ヤギは悲鳴を細く引き、ゆっくりと地面に崩れ折れた。

    ●哀しい思い出はもうおしまい
    「……少し時間がかかりましたが、終わりましたね」
     楽弍は倒れ伏す二匹のヤギを見下ろして呟いた。
     裏ツ花が三つの小さな花束を手に、ポストとヤギに近づいた。内蔵助もそれに続き、
    「来世では綺麗な姿を見せてや」
     と静かに手を合わせた。
    「人に害をなすものとして留まってほしいなどと、あなた方の大切な人は思わなかったでしょう。迷わず愛しき人の元へ行けますよう……」
     裏ツ花は動かないヤギを見つめていた。
    「読まれなかったお手紙の、心はどこに行くのかしら。こんな悲しいことが、どうかもう起こりませんように」
     オデットの言葉とともに、ヤギは月の光に溶けるように消えた。
    「悲しい都市伝説は消えて、きっとこれからはうれしい知らせをいっぱい託す場所になりますよね。そう、願います。……おや?」
     二匹のヤギが消えた地面の上から、楽弍がなにかを拾った。
    「手紙やな。えらい古い……その女の子が出そうとしたやつちゃうか?」
     内蔵助が横から覗き込んだ。
    「そうや。この手紙、届けてあげよか」
     内蔵助は大事そうに古い封書を両手で挟んだ。
     望が黙祷していた眼を開けた。
    「これで終わりましたね。帰って依頼達成を報告しましょう」
     桐はその言葉に、微笑で同意した。
    「この都市伝説を見つけた方は糸瀬さんでしたっけ。きっと安心されることでしょう」
     都市伝説を灼滅した一行は、学園に帰るために背中を向けた。
    「悲しい噂は消えて、きっとこれからは楽しい知らせをいっぱい託す場所になりますよね。そう、願います」
     去る直前の楽弍の言葉に、仲間たちも同意のうなずきを返す。
     古い郵便ポストも、屋敷の塀も、伸びた庭の木の枝も、さっきと変わらないはず。
     それなのに、傾きかけた銀の月に照らされた光景には、もう不気味さはなかった。

    作者:一ノ瀬晶水 重傷:なし
    死亡:なし
    闇堕ち:なし
    種類:
    公開:2014年4月19日
    難度:普通
    参加:8人
    結果:成功!
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